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 書類やら台帳を片っ端から運び出す。時間は限られるから、バケツリレーの要領で、外で控えていた騎士の一団も総出だ。当然、気配は慌しくなって、真夜中のこととはいえ何事かと付近の住民が遠巻きに顔を並べていく。馴染みの詰所役人なら気安い口もきけるが、遠目にも身分のありそうな見知らぬ騎士たちでは不安げに見るよりない。混乱を招かぬためにも説明をすべきなのだが、たとえ声をかけられても、役人自身の中に答えがないのだ。

 まもなく刻限となろうという頃、乱雑に置かれた荷物を寄せていると、ふとざわめきが大きくなった。

「城が・・・、」

「二壁の灯火が・・・」

 ぼそぼそと囁きあう声を拾って、そちらを見た役人はぎょっと目を瞠る。

 都の内側、いつもなら二壁の上に夜警のあかりが行きかうのと、城の灯火が遠く揺れるくらいというのに、あかあかと夜に主張していた。

 士官と長官も気づいて、少し離れたところで、難しい顔を見合わせている。

「----篝火を、」

 あちらもただならぬ、と判断した長官が明かりを増やすように命じた。詰所から、次の角まで手際よく篝火が並べられる中、三騎の騎士が飛び込んできたのだ。先頭の黒駒からから降りた騎士を認めて、長官がぎょっと息を飲んだ。

「あいつは!?」

 真っ直ぐに、長官に声が飛んだ。

「どうされました? なぜ、このような場所へ!?」

鹿鹿!」

 鋭く、居並ぶ顔を見渡した騎士は、そこに目的の顔がないのに、内かと建物を振り仰いだ。扉に向かう騎士の行く手に立ち塞がろうとしたが、鋭い眼光を浴びて立ち竦む。それでも長官はゆっくり顎を上げて、騎士と対峙した。

「なりません。危険です。」

「その危険なところに、何故あいつを置いておく!?」

「千の軍勢を相手どろうとされるなら、我らが盾になり何としてもお逃がしします。しかし、界罅界落の前では我らはむしろ足手まとい・・・お待ちくださいっ」

 騎士は最期まで聞かなかった。

「この目で確かめる。自分を賭けて何とかするなどと考えてるいやがるなら、、引きずり出す。」

 異論を許さぬ迫力だった。が、元帥は食い下がった。

「お通しできませぬ。いま、これより先で起きていることが尋常ならざることで、そのように血相を変えて駆けつけられるほど、危険な場所となっているのであれば、遠海を支えるおふたりが、そこに揃われるなど、」

「シュレザーン、」

 祖父ほどの年齢の家臣あいてに敬意を示し、元帥、若しくは長官と呼ぶ人だ。

「王家の秘密に関わる。下がれ。」

 長官は跪き、、決然と顔を上げた。

「お供いたします。」

「いらぬ。」

 時が惜しいとばかりに歩き出したその行く手に、長官はまわりこんだ。老齢となってなお長官も堂々たる体躯だが、騎士はそれよりも長身かつ、男ざかりに入ろうという堂々たる体躯だ。しかし、その身分にはふさわしくない舌打ちを降らせて、

「護衛など役に立たぬ。そう言ったのは、あなただ。」

「然様。」

 軍人として幾多の戦場を生き抜き、地位を上げたことで、権力闘争にも巻き込まれてきた古強者は動じることはなかった。

「身分に差はあれ、我らも公爵も、陛下と王都王国を護る義務がございます。その為の指揮を公爵が執られ、我らを傍らにおかぬという判断ならば・・・・陛下っ!!」

 ぐん、と大気の密度が増したのだ。騎士は---『遠海』国王ライヴァートは息を詰めるように空を睨む。

「お供いたします。」

 長官は繰り返し,とうとう,ぐっと国王の腕を掴んだのだ。

「許さぬ、と仰せなら、どうぞ切り捨てていかれませ。」

「――ずるいぞ、元帥。」

 国王は苦くため息を落とした。

「知らぬほうが、と楽だと思うんだがなあ。」

 それが、きっと素の声なのだろう。

「だとしても、ここで国王を御独りにするなど、この国の禄を食み武に生きてきたものとして恥にございますれば。」

 頑固一徹を体現するかのような長官に,国王はどこか哀れむような長いため息をついたのだ。

「聖亖剣に,その身とその身に連なるすべてを懸けて沈黙を誓約されるか。」

 ことあれば,当人に留まらず一族郎党諸共に誅殺するという宣告にも長官は揺るがなかった。

「是。」

「・・・では来られるがいい。」

 ここまでは、たいへん格好が良かったのだが、気になって、耳を欹てていたのが仇になった。奥から、

「――あいつが怒ったら、助けていただけますよね?」

 ・・・一同、聞こえなかったことにしたのは言うまでもない。


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