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不満げな視線を浴びながら、「警護」を続けていたラダンらのもとに本陣からの十騎ばかりの騎馬隊が着いたのは丘の上で別れてから、2時間になろうという頃だった。
一団の中央に位置する相手を素早く確認して、ラダンは自分が求められている役割を理解する。護衛を連れ、何より双短槍を帯びている。声を張り上げた。
「これはヴォルゼ・ハークどの、軍師御自らお越しとは!」
背後の空気が揺れる。ヴォルゼ・ハークの名と双短槍遣いであることが、本人曰く「一人歩き」している。いまも「若い」とか「幾つだよ」とか、あるいは「軽薄な」とやたらに染め上げた髪色に眉を顰めているような,抑えきれない囁きが散っているが、特定する二つのものが明らかな以上、疑う声はしない。それを逆手に双短槍を外し、本名で、自由を確保している方法はなかなかしたたかだ。
兵団の留守居役と幾つか言葉を交わした後、軍師はラダンを振り返った。彼らが連れてきた馬に、斥候隊が分乗したところだった(騎乗できない者を把握して、ぴったりの馬の数なのが、本当によく配下を把握していると思う)。
「ご苦労だった。」
軍師モードの声使いだ。
器用なものだ、と思う。見様見真似と本人が苦笑いするのは謙遜ではなく、事実どこで学べた訳もない。
だから、天旋軍で再会した時は驚いたものだ。
人を動かし、人の上に在るための姿を知っている。やってのけている。原型もない軍を一から組織し、機に合わせた人選を行い、策を授けて、勝利を呼ぶ。
深い一礼を返して、
「閣下、」
と呼んで、微かに瞼がひきつるのは、今後における修行の余地と期待したい。
「お供いたしますが?」
彼は連れてきた護衛を振り返り、少し考えた末に頷いた。三騎を戻し、彼らをその分に補充するかたちだ。政治だな、と思う。傭兵あがりの軍師は身内を重用しているという噂はまだないが、しっかり、テュレの警備隊、ダユウの蒼牙騎士団との三種混成部隊なのは侮れない。
それはさておき。
彼の「偵察」は相当に地味だ。・・・というか、これを「偵察」と呼んでいいものか。
戦場となりそうな
何に記すこともなく、表情は淡々と。
ぼーっとしに来ている、と言われれば、その通りにしか見えぬ。
初めて立ち会う者たちは呆気に取られているが、そろそろ過ごし方を会得したラダンらは目顔で散っていこうとする。兵糧の足しと、木の実を拾う、食用できる草を摘む、果実を見つければ幸運だ。簡易な釣り道具を出して組み立てた者は、地面を掘って
「弓は無しで。」
注意点はそれくらいだ。ラダンは手に握りこめるくらいの石を物色していた。
「いや、ラダンどの? 軍師どのの護衛がそばを離れるなど・・・、」
「眺めてても構いませんが、無意・・いや、もった・・いや、・・・少し離れていた方が、気も散らないでしょうし、哨戒にもなりますから。」
実際、
戸惑ったように顔を見合わせる彼らに「盾」は任せることにして、敵の斥候ではなく兎か鳥に会いたいものだとラダンはゆっくり歩き出す。
名軍師はどのように策を練るのかと、好奇心と向学心を抱えて同行した期待を裏切っていると思いきや、試しに振り返ってみれば何やら目をきらきらさせて、興奮気味なのは・・・。
----まあ、がんばれ。
本人は、生き延びて、戦が終わればラジェで元通り稼業を続けると語る。だが、それは勝ち続けるということだ。街道が確保されていく、即ち(情勢がこちらへ傾くことで正規の軍人の参陣もますます増えるだろうが、それで彼が一傭兵に戻れるとは思えなかった。
殿下が「剣」なら、彼は「盾」だ。あるいは双翼。戦を一度でも共にしたものなら、誰もがわかっている。
その彼を、隊商の護衛に雇いたい? そも、殿下が――いや、『遠海』が手放すまい。この才を他国に流すなど愚の骨頂だろう(後日、それを諮る者が出て、あきれ果てることになるのはまた別の話だ)。
いま。
目が離せない、と胸を灼くように在る想いは----大鳳が羽ばたく時だと、そう言い換えて間違いはない。
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