3

 「なかなかの軍容だな--ここから見た限りだが、」

 道を外れ、一望できる丘の上に上がってきた。額や首に滲んだ汗を拭いながら、眼下に小さく見える陣地を眺めた。

「三千といったところでしょうか。天幕もよく考えて張っているようです。」

「傭兵とサクレの大公騎士団のわずかな生き残り、テュレやダユウなどの警備兵の混成部隊だというが、ふーむ、」

「ライヴァート殿下、それから軍師に召抱えたというヴォルザ・ハークなる者の手腕ということでしょうか。」

 十年ほど前に留学中の『真白き林檎の花の都アヴァロン』から失踪して以来行方知れずだった前国王の第七王子を旗印に【天旋】と名乗る軍が,抗『凪原』戦を始めて半年あまりだが、戦歴は目を瞠るものがある。

 『蒼き鏡の街ダユウ』の封鎖を解いたのを皮切りに、幾つかの野戦を勝利し、テュレの解放を成し遂げた。次にサクレを取り戻せば、占領されていた全国土のうち、1/3を押さえた状態に持ち込めたことになる。

「本当にどのような人物でしょうか、その軍師は。」

 ここに至るまで何度も話をしてきたことだが、つい口をついてしまう。

「そもライヴァート殿下すら、どのような御方となってお戻りなのか。わしが知っているのは、十にもならぬころの、他の王子方の後ろでひっそり座っておられた様子にすぎぬし。」

 ふたりが表情を堅くしたのはほぼ同時だった。

「――囲まれたな・・・、」

「・・・迂闊でした。」

 そっと背中合わせになりつつ、背後の木立を見据える。気配は察したというより、包囲を完成させた相手が知らせてきたのだ。現役ではないとはいえ、軍務経験者ふたりに気取らせず、やってのけた「兵」の錬度は相当だ。

「七、八人か?」

「・・・おそらく、」

 木の間に目を凝らし、レイドリックは飛び道具の気配を探る。

「――弓手もいるようです。ご注意を。」

「ライヴァート殿下の旗下か、凪原の先兵か。」

 可能性を並べたが、勢力地図上、後者はまずないだろう。たとえ、入り込んでいたとして、敵の陣地近くで姿をみせる必要はなく、むしろ自分たちこそ、それと疑われているに違いない。

 彼らは目を合わせ、男が頷いた。刺激しないよう、ゆっくりと剣帯を外し、剣を足元に落とした。弓弦を引き絞る音が空気を伝わり、盾になるべくレイドリックは男の前に踏み出しながら怒鳴る。

「我らはライヴァート殿下の軍に参陣しようと参った者だ!」

 弓弦が緩められるのと、木の間から気配もなく兵がひとり踏み出してくるのは一緒だった。

 斥候兵らしく、革の軽鎧に布の覆いをかけて反射と音を抑えた設えをした長剣の柄に軽く手を載せている。

 造作より目を引いたのは、臙脂色の髪。通りにたむろする若者が好むような人工色だ。

 青年の視線はレイドリックを滑り、男を真っ直ぐに見据えた。身ごしらえから、男の身分の高さは見とれたはずだが、

「下にいた兵は、あなたたちが連れてきた者たちだろうか。」

 畏まる様子はない。レイドリックは眉をはねあげ、威圧的に言葉を発した。

「そうだ。お前たちはライヴァート殿下の兵だな? すぐ兵どもを下げろ。閣下に対し無礼極まる。」

「閣下?」

「傭兵風情でも、・・・シュレザーンの名は耳にしたことはあろう!!」

 ざわ、と斥候兵の背後の気配が二度揺れた。ちら、と背後に視線を投げた彼は、制するように片手を上げた。

「ああ、俺たちはしがない傭兵なもので、将軍の御名は聞き知っていても、顔を拝む機会などとてもとても?」

 軽やかな口調である。

「なもので、ご同道を。シュレザーン将軍ほどご高名の方なら、混成部隊よせあつめな分、幅広いうちの軍ならだれか見知っているだろうから。」

 上げた手の指をぱちりと鳴らした。再び弓弦が絞られる気配と、更にひとり林から兵が現れ、彼らの剣を拾い上げた。

「きさま、わしを誰だと心得る。あとで覚えとけ、ってな、展開が期待できるカンジっすけど、いいンすか?」

 砂色の髪の兵は、からかうように、けれど不信を込めた目で彼らを見ているが、当人は平然としたものだ。

「いやいや、本物のシュレザーン閣下はそんな狭量なことはおっしゃらない。」

 と、言ってのけるのだから腹の座り具合は相当だ。に、と太い笑みを浮かべられては、苦笑いするよりない。

「なるほど、その非常識な髪色は伊達ではないか。」

 皮肉交じりに返言は肩で軽く流して,

「ラダン?」

「なんだ?」

 繁みの中から低く声が返った。

「あとを連れて下の兵を留めろ。確認次第、使いを出す。」

「軍人様に傭兵風情の指示を聞いてもらえるかね? 将軍閣下を取り戻せ、ってむかってこられたら逃げるからな?」

「ああ逃げていいぞ。」

 くつくつと笑って、彼は懐から取り出した掌大の包みを繁みの中に投げ込んだ。中を確認する音がして、口笛が返る。

「用意がいいなあ、あんた。」

「火傷は一度で十分だからな。それを見て従わないなら、。任せる。」

「――了解。」

「おおっと、エヴィ?」

 砂色の髪の兵がひきつった顔をしていて、

「まさか、オレはあんたと戻るンすかね?」

「そういう流れになるか。」

「頑張れ、リトラッド。」

「いや待て、ラダン、オレがそっちで、おーい、」

 すすす、という感じで気配が遠ざかろうとしていた。

「まあ、年齢も上だし、押し出し的にも、彼が適任だと思うが、」

「くっそー、おれも強面親父顔だったら!」

 ものすごい勢いで、こどもの拳ほどの石が正確に飛んできて、リトラッドと呼ばれている青年が飛びのいた。

「この、強面陰険親父顔ッ、」

 怒鳴り返せば、お約束、とばかりに、第二第三の石が飛来する。

「――失礼した。」

 がるるる、といった感じの部下?に眉間を押さえて、兵は彼らに向き直った。

「リトラッド、おふたりに剣を戻せ。」

「いいンすかい?」

 我に返って、首を傾げるのに

「杖がほしいと言ったのはだれだ。」

「ああ――、」

 年寄り扱いと思い、むっと顎をひいた将軍に、兵は明るい笑顔をみせた。

「わざわざ戦に加わろうとはせ参じた方に体力がないとか全く思ってないんですが、」

 あそこから行くので、と指差したのは切り立った崖だ。

「あと、彼も余計な荷物を持つ余裕はなさそうなんで、」

「そういう気遣いしてしてくれるなら、普通に帰りましょうって、」

「ついて来たいといったのは、お前たちだろうが。」

「いや、ついていくでしょうよ! 」

 必死の訴えを、肩で流して、

「で、どうします? 今なら先行した連中を呼びかえせますから、彼らと普通に陣を訪ねていただいても構いませんよ。ただ、陣にて将軍の身元を保証できる者と面会していただかないうちは、兵をあの場から動かすことはできませんので、・・・まあ、つまり今、同道願えないなら、一度兵をまとめて、近場の村ででも待っていただく形が良いかと。」

「次の戦、我らは不要と?」

「いや、ぜひアテにさせてもらいたいんですが、ご指摘のように急ごしらえの混成部隊ですから、計算外を臨機応変には難しいので、」

「斥候兵が、まるで軍師のような口をきく。それとも貴様は噂の名軍師どのに弟子入りでもしてるのか。」

「どこもかしこも弟子の前に師を寄越せという具合ですね。人手不足って怖すぎるとつくづく思います。」

 皮肉に肩を竦めて、兵は将軍に断を求めた。

「否、とおっしゃらぬことは同行していただけるということで?」

「我らは軍人で、山岳を歩く訓練もしておる。」

 将軍がじっと兵を見据えて、答えた。将軍が口を開くのはこれが最初だった。

「わしは殿下のお役に立つべく参ったのだ。」

「ではご一緒の・・・、」

「レイドリックだ。」

「俺はエヴィ・マアユ、彼はリトラッド・グノス。お分かりだとは思いますが、天旋軍の傭兵です。我らの陣まで道案内を務めさせていただきます。」


 四半刻後。

「――おかしいだろ、」

「そーっスねぇ、」

「何故ちゃんと着くんだ!」

「着いちまうンだよねぇ、」

 軽く息を乱しつつの、副官?同士の会話である。

 崖を(落ちるばかりに)下れば、枝々が蓋をするように光の差し込まない深い森が待っていた。上から見たよりも、ずっと濃い緑に、方向感覚はあっという間に奪われる。森を迂回する街道を行くより、突っ切れば確かに時間は短縮になるのだろうが、迷っては本末転倒だ、と客人は危惧の目を向けたものだ。

 ところが「案内人」は、淡々と藪を押しのけ、カーテンのように行く手を目隠しする蔦をかきわけ、立ちはだかった崖やぬかるんだ窪地は迂回せずに済む足場ルートを一瞬で見定め・・・気づけば、天幕が目の前にあった。いったい何が目印だったのか、狐につままれたような気分である。

「本人に聞いても無駄っスよ? 分からないのが分からないっていう、」

 当人は、彼らを「発見」して走り寄ってきた見回りの兵士と少し離れて話をしていたが、彼らを散会させ戻ってきた。

「――閣下、」

 暗闇を歩いてきたに等しいから、心理的な消耗も加わっている。年齢以上の頑健さを自負する将軍だが、手近な木にもたれて目を閉じていた。

「少し休憩なさいますか? 天幕を準備させますが。」

「すぐに殿下にご挨拶を申し上げたい。」

「ではそのように。」

 将軍が姿勢を正し、エヴィは一礼を返してから陣の内へ先導していく。丘からの道中はとてもとても会話を交わす状況とはいえなかったが、将軍もこの偵察兵に興味を持ったらしかった。

「そなた、おもしろい才を持っている。」

 見据えられて、戸惑ったように彼は瞬いた。

「・・・最近何故か言われます。」

「いや、なかなか稀有だ。東ラジェの、いずれの傭兵団か?」

 傭兵の本拠地といえば、やはり交易の中心として栄える東ラジェだ。百を越える団員を抱える老舗【紅の鳥】を筆頭に、片手程度の規模まで、無数の傭兵団が存在する。

「団には属しておりません。無所属フリーで、主に隊商護衛を受けていました。」

 隊商護衛は最も一般的な請負だが、危険度リスク報酬ランクも様々だ。またやはり名の知れた傭兵団が、人物保証から好まれる傾向も否めない。将軍も、やはり無所属の傭兵は我や癖が強く、遣い辛い印象がある。逆からいえば、だから個人フリーでいるのだとなる。

 将軍が訝しげな目になったのに気づいたのはリトラッドだ。場を取り成すように声を上げた。

「いやいや、こいつは引く手数多で、【紅の鳥】にも【理の槌】にも、その他有名どころ数多から、いつでもどうぞって言われているという!!」

「――よければ、だ。そもそも義父ちちへの気遣いサービスだと思う。」

「ほお、父君も傭兵か。」

「元ですが。義父ちち義姉あねと、義父ちちの友人たちと[隊]を組んで仕事を請けておりましたが、義父の引退後は、団に行く踏ん切りがつかず、個人ひとりでいました。それまでの伝手で仕事も入ってきましたし、必要にも迫られなかったので。」

 〔隊〕は、時によって構成を変える緩い結合体だ。ある個人が、引き受けた仕事に必要なメンバーを自ら募り、仕事に合わせた〔隊〕を作る。規と階級で規律を保つ団と違い、個人の統率力が大きく仕事の精度に結びつくから、〔隊〕を傭兵は二つ名付きの腕利きばかりだ。

「そうだよなあ。あんたは、今更団に入るというよりは、将来いずれは〔隊〕持ちだよなあ。いっそ,団を結成とか?あ、いますぐでも,いけるンじゃね?」

「いけるかよ。」

「あ、その節はぜひオレを呼んでね。うちの団なくなっちまったし、」

「・・・なくなった?」

 物騒な言葉に、レイドリックが眉を顰めた。

「ダユウで、軍師どのの策にすっぽりとはまっちまって、見事壊走、団長以下幹部はほとんど戦死、正規軍の後についてテュレ方面に引いた連中もいたとかいないとか? でもテュレで旗はもうなかったし、」

「・・・待て、ということは、」

「ああ、オレの団は『凪原』と契約して、ダユウに配備されてた。」

 つまりは敵方であったということだ。これだから傭兵は、と顔を歪めたレイドリックは高圧的な目でもう一人の傭兵を見た。

「貴様も、鞍替えした口か?」

「いや、俺は・・――我が軍の傭兵は、ほとんどそうだということは理解してもらいたい。」

「金次第で、次の瞬間には掌を返して、背中を襲うかも知れぬ連中だという理解か。」

「俺たちにとって契約を裏切ることは、生きる術を無くすことだ。契約したから、命だって賭ける。団や隊にいて、自分で仕事を請けないとしても、自分の命を任せられるから指示に従い契約に尽くす。」

 エヴィの応えには淀みがない。

「例えば、彼の団が請けた契約は[『凪原』の指揮下でダユウの防衛を行う]だ。彼らは命がけで戦ったが、ダユウから『凪原』軍は壊走し、団と『凪原』が結んだ契約は終わった。また団長はじめとする、団を主導した幹部の死は確認されており、たとえ同じ名で再興がされたとしても、それは彼が契約を結んだ団ではないから、彼が団と結んでいた契約も終わったとみなせる。その上で、我が軍と契約を結んでここにいる。『遠海祖国』へ命をかけ尽くそうとここに来られたあなた方の忠誠同様、ここに居るのは命を賭ける覚悟で契約した者たちだ。」

 言い切ったエヴィに、パチパチと手を叩いたのは、将軍だ。

「そなたを導いた父上は誇り高い傭兵だったに違いないな。」

「――恐れ入ります。」

 語りすぎた、とはっとした様子で俯いた。リトラッドは顔を高潮させ、大きく頷いている。

「いや、そなたのような人物が傭兵を取りまとめているのなら、我ら――我が国にとって心強いことこの上ない。」

「は!? いえ別に俺がとりまとめているわけでは、」

「では、一兵にしてその意識ということは、この軍の規律が高いという表れだろう。」

 じっと将軍を見た後、エヴィは静かに頭を下げた。

「レイドリック、」

 気持ちをもてあましたままの、もう一方を呼んだ。

「彼らは、我々がお仕えすべきライヴァート殿下の信を得、結果も示している。すべきは対立することではなく、共に立つことだ。・・・お前が知る傭兵ものだけが、総てではない。」

「――分かっております。」

 色が失せた瞳に将軍は気遣わしげに目を細めたが、言葉を重ねることはなかった。

 脇狂言の合間に、エヴィのもとには別の傭兵が駆け寄ってきて、糧食についてらしい会話を早口に交わしている。そして二、三の断を彼から受け取り、忙しく引き返していった。

「兵糧は足りているのか?」

「ええ、・・っと、」

 言いさした後、にっこりと笑って続けた。

「俺がここで申し上げていいことではありませんね。そういったことは本営に加わっていただけた後にいたしましょう。」

「--であった。」

 首実検が未だだったと、将軍も笑いまじりで答えたのだが、

「貴様はいったい何処の所属なのだ!?」

 していたレイドリックが噛み付いた。

「斥候に出、軍師のごとき口をきき、兵站を管轄する!? どこからしても越権にすぎる!」

 むっとするか恐縮するところだが,嬉しそうに頷いたのだ。

です、ぜひ、この行き先で、それを大きな声で。」

「いや、駄目でしょうってか、困りますよ。」

 部下は慌てていて、彼は無邪気な風に首を傾げてみせるのは何なのか。

「そうかな? というか、確かに俺がライヴァート殿下と契約したのは,斥候でも、兵站でも、軍師なんかじゃなく、姫の護衛だった。うん、思い出した。」

 リトラッドが聞かないぞと彼方を向いた。

「人手不足に押し切られて、大きく括って「姫の護衛」と、いろいろ手をつけてしまったが、やはり本務に立ち返るべきだと、そう思われますよね?」

 と同意を求められて、自ら糾弾したのだが、何やらまずい雰囲気を感じたレイドリックがひるんだように肩をひいた時だった。

「・・・おまえ、思いっきり聞こえよがしに・・・。」

「正当な労使交渉だと思うぞ?」

 、と笑った先には、シャツ一枚に斧を担いだ大柄な青年が苦虫をつぶした顔で立っていた。

「薪割りご苦労さん。」

「そっちは目論見通りに出くわせたみたいだな。」

 駆け寄ったリトラッドに斧を預け、首にかけていた手ぬぐいで手を拭った青年は真っ直ぐに将軍を見て、青空のように笑った。

「こうして、顔を合わせてご挨拶するのは初めてになりますな。ようこそ、シュレザーン、我らが天旋軍へ。」

 とする。

「ライヴァート殿下、」

 慌てて膝をつき、胸に手をあてて礼をとった二人に立つようにうながした青年は、

「幼き日、私が憧れた元帥に加わっていただけるなら、これほど心強いことはない。」

 辺りに響き渡るような声で言う。それからレイドリックに視線を転じて微笑んだ。

「シュレザーンも、ようこそおいで下さった。」

 目を剥いたのはリトラッドで、元帥は眉を上げ、将軍は表情を滅した。

「私が国を出た後のこと故、寡聞にして知らず申し訳ないが、たいへん若くして、将軍位を拝命されたとか。」

「----将軍位はお返しいたしました。また同時に、養子縁組時に頂いたシュレザーンの名も返上し、もとのレイドリックに復しております。」

 硬い声に、王子はゆっくり頷いた。言葉は明るく続く。

「お疲れでしょう。贅沢なものはないが、向こうの天幕に軽い食べ物を用意いたします。参りましょう。」

 あちこちに腑に落ちないことはあるが、王子自らの誘いに否を言えるはずもない。

「――おい、」

 逆の方向に踵を返す背に、ライヴァートは眉を顰めて呼びかけた。

「閣下方の兵に移動許可を伝えてくる。」

「自分が行く気じゃないだろうな?」

「地形を下からも見たいし、ものはついでだ。」

 あっさりと首肯され、眉間の皺が深くなる。

「あのな、立場を考えろよ? 」

「それはお前やカノンの護衛をやっていていいということか?」

 馬を、とリドラッドに先行の指示を出し、彼は王子に向き直った。

「何か、揃いも揃って失念されている気がするんだが、俺は素人だぞ。護衛して、体張るのには何のためらいはないが・・・たまたま上手くいっているなんだからな?」

 帯びる響きは堅い。当世風すぎる髪色はさておき、基本的に生真面目な性質なのだろう。

「負けても賭け金失うだけの騎士盤ボードゲームじゃないんだ、を考えたら、動くしかないだろ? 俺にはしか、考えを支える材料すべがない。」

「分かった。悪かった。」

 王子にも伝わったのだろう。頭を下げたのには、将軍らは目を瞠ったが。

「よろしく頼む」

「頼まれた。」

 挙げた掌をうち合わせて笑う顔は、本当に心を許し合った間柄でなければみせないものだ。

「では後で。」

「護衛を付けろよ。言うなら、それが相当だろ?」

 面倒なと作った渋面は、一矢報われて苦笑いになった。ひら、と頭の後ろで手を振って遠ざかる。

「いい加減、自分が天旋軍うちの失うことのできない屋台骨だということを、ホントに自覚してもらわないと困るんだが・・・何かいい方法ないですかね?」

 愚痴めいたことを言いながら、王子は改めて訪問者たちを誘った。王子に続こうとした彼らは横目に、傍から駆け寄ってきた兵が差し出したモノと、腰の長剣を交換する姿を捉えて、勢いよく振り向いた。

「短槍!?」

 束ねてあったそれを両腰に帯びる。双短槍。まさか、という予感でふたりは顔を見合わせた。

「――殿下、いまの、エヴィと名乗った傭兵は・・・?」

「頼もしき戦友で、生涯の親友たる相手だと思っています。あいつが自身をどう評価していようが、あいつと出会えていなかったら、いまの総てはありません。」

「彼が、・・・」

「ええ、おれのかけがえのない軍師どのです。」

 誇らしげな肯定だった。

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