好奇心そして正義感の塊
@tokyonishiakitani
第1話
田原進はため息をついた。
開業医の息子として生まれ、自頭の良さから成績もよく、両親からも跡継ぎになるべく期待されていた。だが本人は、昔から好奇心の塊だった。どんなことにもすぐに首を突っ込みたがるし、探求心も強かったものだから、気になることが出てきたらとことん調べてしまう。だからこそ、成績もよかったという面もあるのだろう。だが、時として、好奇心は悪い面を引き出すことだってある。両親からも、親戚からも、周囲にいる人たちからも、大学医学部に入学した進は医者になることを決意したのだと思っていたのに、突然、何の前触れもなく中退してしまったのだ。そして、両親に対して、
「俺は、ジャーナリストになる」
と宣言し、今に至っている。現在の進の年齢は35歳。ジャーナリストとしての道を歩み始めてから、10年以上が過ぎていた。だがここに来て、進はジャーナリストとしての大きな壁にぶつかっていたのである。
だがその話をする前に、少しだけ進の子どもの頃の話もしておこう。
進は子どもの頃は家にある、ありとあらゆる電化製品の仕組みに興味を抱いた。この電化製品の中はどうなっているのかが気になったのだ。外から眺めているだけではわからないが、手に取れる場所にあるのなら、分解すれば、その謎が解けると思ったのだろう。手に届く範囲にある電化製品は、ありとあらゆるものが進によって分解された。普段は滅多に怒ることのない祖母と母の腕時計を10個も分解したときには、さすがに怒られてしまったが、それでも進の電化製品への探求心が消えることはなかった。
中学に進学すると、今度は社会の仕組みに疑問を持ち始めた。ニュースを見たり、新聞や本を読んでいるうちに、社会の仕組みが少しおかしいような気がしてきたからだ。その疑問を考えているうちに、だんだんとわからないことが増えてきたり、持論を展開できるようになっていった。そのせいもあって、中学生とは思えない理論を展開できるようになり、担任を論破し、先生から嫌われることになる。だが、嫌われたからと言って、やはり進が止まるわけではない。あくなき探求心のままに、持論の展開と調べるということを繰り返し、さらに社会の仕組みへの疑問を深めていったのだった。
そんな子ども時代を過ごし、大学医学部中退に至っている。大学医学部は、ストレート入学だ。1浪、2浪する人も多い中で、ストレートで入学しているので、そこまで行けば誰だって医者になるだろうと思っていた。だが、それを裏切って中退した結果、父親に激怒され、勘当になったのだった。父親の最後の言葉は、
「お前は昔から変わったやつだと思っていたが、まさかこんな形で裏切られるとは思わなかった。もう二度と、家に帰ってくるんじゃない!」
進の実家は開業医だ。だから父親も、ふらふらしがちな進だったが、後を継ぐものだと思っていたのだろう。それなのに、中退をしてしまうなんて、意味が分からないというのが本音だ。祖母や母親は父親を止めようとしたし、進が家を出ていくときも止めようとした。だが、父親は「さっさと出ていけ」と言うだけだし、進も「お世話になりました」と言って、あっけなく出ていったものだから、誰にも止めることができなくなってしまったのだ。
家がないなら、自分で居場所を作るしかない。自分の夢を応援してくれる家族がいなくても、一度決めた道を諦めるという選択肢は進にはなかった。だから家を追い出されたその足で、新聞社に転がり込み、自分で取材をして記事を新聞社に売り込むという生活を始める。しかし、この業界、記事を書けば書くほど、取材相手に嫌われたり、取材協力をお願いした人に追い返されたり、中立の立場を貫くことが非常に難しいものだ。記事を読む側と、記事を書く側ではこんなにも違うのかと実感した。だが、自分が好きだからジャーナリストになったのだ。仕事で嫌な思いをしたからと言って、途中で投げ出すわけにはいかない。そう思って頑張り続けていたのだが、35歳になった今、その気持ちが萎え始めていた。この仕事の嫌な側面を見すぎて、仕事に対する情熱が薄れてきたのだ。ただそれは、周りの人から邪険にされるからではない。本当に嫌な側面というのは、別のところにある。
進は子どもの頃から好奇心の塊で「知りたい」欲求が強かった。だが、「知りたい」欲求を満たすために、様々なことに首を突っ込み、世の中の深い闇まで見え始めてきたのだ。そうなると、知らないことは知らないままの方が幸せだったということも、いくつも経験することになった。そして知ってしまったら、それを許せなくなっている自分もいる。ただ、フラットな気持ちで、真実の追求をしたかったのに、できなくなっていたのだ。そう、いつの頃からか、進は正義感の塊になっていた。それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。ただ、正義感の塊が書く記事と、フラットな状態で書く記事とでは返りがあることだけは確かだ。そして、進がただの読者だった頃は、フラットな状態で書かれた記事の方を好んで読んでいた。正義感の塊、自分の気持ちが入ってしまった記事は、片方からの主張が激しくなるため、読み手側としては変な先入観が入っている記事は読んでいてやや胸焼けがしてしまうので好きではなかったからだ。記事は読み手の好みもあるので、必ずしも悪いわけではないのだが、自分が好きなタイプの記事を書けなくなっているのは事実だった。
「君はどう思う?」
進はジャーナリスト仲間である、渡部湊とバーで酒を飲みながら質問をした。
「何がだよ」
「だから、今のジャーナリズムについてだ」
「またそれか。お前は、酒を飲むたびに、そんな話しかできないのか?」
湊はうんざりした表情で進を見る。
「いいだろう。俺はお前の意見が聞きたいんだ。俺はどうすればいいんだろうか」
「知るかそんなこと。自分で考えろ。俺は女のケツを追いかけるので精いっぱいなんだよ。お前もたまには女のケツでも追いかけて楽しい夜を過ごしてみろ。考えも変わるかも知らねぇぞ」
湊はそう言うと、飲み屋の女をナンパしに席を立ってしまった。
「あ、おい、湊!」
あぁなってしまってはもう湊を止めることはできない。数十分もしないうちに、女とこのバーを出ていくだろう。進は仕方がないので、ウイスキーを注文して、1人で考えることにした。
最近、進を悩ませているのが医療業界についてだ。日本における重要な業界の1つなのだが、真実を知れば知るほど首をかしげるような事実が出てくる。日本には国民皆医療制度というものがある。保険料を収入に応じた一定額を支払うことで、負担金に免じて全国一律で一定の医療を受けられるというものだ。とても素晴らしい制度のように見える。全員が公平なように一見すると思えるからだ。だが、実際は違う。なぜなら給料を多く稼いでいる若者は負担額が大きいのに対して、実際には医療にかかることが少ない。じゃあ誰が医療を使うのかと言えば、若くない高齢者たちだ。つまり一見公平なように見えて、仕事をしてお金を稼いでいる若者たちが、高齢者たちの医療費を支払っているということだ。これは年金制度にも通じている。自動的に搾取されているものは、すべて高齢者を支えるために使われている。こういったことに、どれだけの人が気づいているのだろうか。もちろん、高齢者を支えることが悪いことだとは言わないが、何のために支払わされているのかを理解しているか、いないかということはとても重要な点だと思う。だが、そういった記事は、国に対する批判だととらえられ、記事を買い取ってくれる新聞社や雑誌社が限られてくる、という問題もある。
他にもある。取材をしていて疑問だったのが、自ら病気になるようなことをしている人に、なぜ保険が適用されるのかということだ。これは、何人かの医者も疑問に思っていることのようだった。自ら病気になるようなことというのは、例えば喫煙などが最たるものだ。喫煙をすることで、病気になるリスクが高くなる、ということを知らない日本人はいないだろう。それに、喫煙者の周りにいる人にも被害が出るということも、喫煙者は知っている。リスクがあることを知った上で喫煙をし、病気になり、保険適用で安い治療費で病気を治そうとする。保険適用ということは、日本全国の仕事をしている若者たちの給料で、その人を支えていることに繋がる。高齢者を支えるというのは、まだ理解できても、自ら病気になるリスクを冒している人を支えるというのは、「みな平等」に含まれるのだろうか。そんなことを考え出すと、答えのない沼に沈み込んでいくような気分になるのである。
「マスター。ウイスキーのおかわりを」
目の前のグラスが空になっていることに気づき、進はもう一杯注文をする。
「今日はもう3杯目だよ」
「これで最後にするから」
「仕方ないね」
マスターはしぶしぶ、ウイスキーのおかわりを作ってくれた。自分の身体を心配してくれるマスターのいる店は、やはり居心地がいい。健康のことを考えているのに、自分も矛盾した行動を取っていることは気づいていた。それなのに、酒だけはやめられない。自己弁護をしている時点で、すでに自分の正義は偽善なのだということも知っている。だが思考を止めることはできなかった。
医療業界で問題なのは、受け手側だけではない。病院のシステムにも問題があると進は感じていたからだ。病院はそもそも利益を出す一般企業とは違う特殊な場所だ。そのため、利益を生み出すような仕組みにはなっていない。だからというのも変な話だが、病院では今のご時世であっても、「残業代」という考えがない。つまり、全てサービス残業というものだ。一般企業であれば、サービス残業はしてはいけないとされているし、サービス残業が続けば労基が黙っていない。だが、病院で働く医者の残業については、労基は黙り切ったままなのだ。どうして誰も、残業代について追及しないのかが不思議だが、誰もが医療業界は別枠として捉えているからなのかもしれない。医療業界で働く医者たちもまた、一般の人と同じく、1人の人間なのに。
病院のシステムとしておかしな点は他にもある。例えば、患者のためを思い、人件費をかけて手厚い医療を行なおうと考える志の高い医者もいる。だが、手厚い医療を行なおうとすればするほど、実は病院は赤字になるのだ。これはどう考えても意味が分からない。手厚い医療をしてはいけないと言っているようなものだから。病院側が黒字になるように利益を上げようとすると、効果的な薬を使い、入院をさせることだ。入院患者がた場合に病院に入るお金は、DPCと言うシステムで決められている。つまり一律だ。計算がしやすいので、今月は何人入院をさせようかと考えている病院もあることだろう。また外来診療の場合は、不要な検査や治療をすることで出来高払いの医療は利益が生ずる。患者にとってはいい迷惑な話だが、病院側が儲かるためにはそうするしかない。病院側も赤字が続けば廃業になる。利益が出るシステムになっていないと言っても、赤字では廃業になるというところも、この業界が腐敗していく原因の1つだと進は考えた。
ただ、医療に携わるものすべてが腐敗しているわけではない。患者のために努力をし、腕を磨き、最高の医療で迎えようとする医者もいる。そういった医者もいるが、日本の病院での立場は非常に苦しい。なぜなら現在の病院というのは、努力家の医療従事者を制度というもので締め付ける病院と、利益追求のため必要のない検査をさせる悪徳病院のほうが儲かる仕組みになっているからだ。だから腕のいい医師や努力を積み重ねている医師は、悪い方に流されている病院に染まった医師と同等の支払いでは、やっていられないという気持ちになっていく。ではそうなった医師はどうするのかと言えば、能力に応じた給料を支払ってくれる海外の病院へと転向するのだ。つまり日本の技術は、日本の制度によって海外に流出していることになる。
医療業界のことを調べれば調べるほど、こういったことがわかってくる。どうしてこうなってしまうのだと、うんざりすることばかりだ。たまに、それでもこの問題のある制度の下で、歯を食いしばって最高の医療を日本に住んでいる人のために施したいと頑張っている医師に出会うこともある。私も、どうせ見てもらうなら腕のいい医師がいい。だから、その医師の存在を、多くの人が知りたいだろうと思って、その人物に焦点を当てて取材をすると、とんでもないことがわかってしまうこともあった。賄賂、不倫といった、週刊誌が喜びそうなネタがゴロゴロ出てくるのだ。スキャンダルというものは、どうしても付きまとう問題ではある。浮気や不倫といったことは、有名人であったり、お金を持っていたりすれば、自然と威勢の方から近づいてくるため誘惑が増える。まぁ、知名度もお金もなくても、日常的にそういった行為に走る者もいる。となると、悪いことではあるのだが、詳しく取材をして潔癖な人間というほうが、本当に珍しい。人間というのは、どこまでも欲望に忠実にできているものなのだ。こういう業界にいれば、それぐらいわかってくるが、それでもまだ本物の正義を求めている自分もいる。ジャーナリストとして、そんなものはこの世にないと言い切れるぐらいの闇を見てきたのに。いや、闇を覗いてきたからこそ、探し求めてしまうのかもしれないが。
「マスター。悪い、もう一杯くれないか」
「さっきが最後だと言っただろ」
「いや、これで本当に最後にするから。もう一杯だけウイスキーを」
「……もうこっちにしときな」
そう言ってマスターは、ウイスキーのグラスに茶色い液体を注いだ。見た目はウイスキーのようにもみえるが、少し色が暗い。
「何だいこれ?」
「飲めばわかる」
「……烏龍茶じゃないか」
「俺のおごりだ」
「客が酒を欲しがってるのに出さないとは、中々なバーだね」
「そのほうが、また来たくなるだろ」
「ごもっとも」
俺はマスターに乾杯をしてから、烏龍茶を体の中に流し込んだ。確かに今の俺にはぴったりの飲み物なのかもしれない。
俺は医者個人だけではなく、病院を取材対象として調べたこともある。例えば最近どんどんと大きくなって力をつけてきている病院。人を引き付ける何かがあるのかと思えば実態は、ワンマン院長のパワハラ、病院を好き放題にしている親の七光りの事務長、さらに本来なら必要のない検査や入院をすると医師にキックバックが入るような院内システムを構築していた。病院を、利益の出るシステムに作り替えていたのだ。だが、病院は怪我をしたら治すところであり、病気になったら治すところである。利益の出るシステムになったとたんに、反対のことが起こり始める。そのことに、当人たちは気づいているのだろうか。気づいていても関係がない、という判断なのだろうか。私はそこまでのことを、当人たちに取材をしていない。いや、する気になれなかった。
どこまですればいいのかというのも、ジャーナリストとしての悩みの1つだ。好奇心があるからこそ、様々なものに対して疑問を持ち、調べるという原動力になっている。だが、物事を暴くことで、見たくないものもたくさん見てきた。そしてそれを、すべてオープンにすることは、果たしていいことなのだろうか? 私が暴いたことで、幻想を見せられていた人たちは現実を見ることになり、失望し、絶望する。私がしていることは、解決策の提示ではない。ただ、現実はこうだったよというだけの記事なのだ。
だが知らなければ、腐敗している物事はどこまでも腐敗していく。医療業界の闇も、オープンにしてこなかったからこそ、腐敗が進んでいったのだろう。そう思うことができれば、私がやっていることは少しは意味のあることなのだろうか。それとも、この世の中には、意味のあることなんて何もないのだろうか?
医療に関して言えば、国は労働基準局や保険診療に目を光らせることで、日本の医療を管理している。ただ、それがまだまだ行き届いていないだけだという見方もできる。となれば、行き届けられるように、橋渡しができれば変えることができるのではないだろうか。いや、そう思うことこそが、驕りなのか……。
進の思考は堂々巡りだ。酒に酔った頭では、所詮考えられることなど限られている。酒は、人の思考力を奪うものだのだから。それをわかっていて、酒を飲んでいる。もっと気軽に物事を考えたい、それが進の本心でもある。それができないぐらいに、闇の中に入り込んでしまったため、進はもがいているのだ。
知らないことを知らないまま過ごすのは、ある意味幸せなことだ。だが、知らないことが、わかるようになってくると、自分を高めることもできるようになる。何が正しくて、何が正しくないのか。それは、その立場に立った人によって答えは違ってくる。進が見てきた医療の世界もそうだ。患者のためを思う医師がいる。利益を追求する一般企業化した医師もいる。ただそれだけの違いだ。すべてがすべて、片方に傾いているわけではない、何がいいのかというのは、進自身が決めることでもない。
「そうか……俺が決めることじゃないんだ」
進は思わず、独り言をつぶやいてしまう。だが、その言葉で目が覚めた気がした。
「マスター、お会計を頼むよ」
「今日はぐっすり眠れそうな顔になっているな」
「ふ、まぁな」
進はお会計を済ませると、バーを出ていった。夜道を歩きながら、自分の考えを整理していく。
ジャーナリストとして偏った正義感を持つことが良いことか、悪いことかはわからないが、自分がすでに偏った思考になっていることを自覚することは大事なことだ。だからこれからも物事の本質を世間に知らせることが、自分にできることだと進は考える。それによって反発も起こるだろうが、社会の動きに敏感であることが大事なのだ。自分にしかできないことがあるなどという大層な妄想を抱けるほど若い年でもない。だが、希望を捨てるには、まだ若い。そう思うことで、ジャーナリストとしての壁は、意外と簡単に乗り越えられる気がした。
そしてそろそろ、後進の育成にも力を入れようと思った。若手がこの業界に入ってきて、1人で絶望して潰れないようにサポートする。中には潰れずに、闇に染まるやつも出てくるだろうが、そういったやつも1人でもなくしたい。ジャーナリズムというのは、無責任に真実を世間に広めていくものなのだから。物事の解決策は、読んだ人間が考えることだ。ここを勘違いすると、偽善で傲慢で、本当に胸やけのする記事しか書けなくなる。
これからも道を極めた人に出会い、知りたいことを知り、それを伝えていこうと、この夜に誓ったのだった。
好奇心そして正義感の塊 @tokyonishiakitani
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