第5話 復讐

 二人の子供に連れられ、辿り着いたのは教会だった。

 清潔な白い壁に青いとんがり屋根。カラフルなステンドグラスに彩られ、最上部には大きな鐘が備え付けられている。


 その教会の傍ら、ステンドグラスに負けず劣らずの花々が咲き乱れる大地が広がっている。

 これが子供たちの言う花畑らしい。

 その光景がカーリアの心を鈍く震わせる。

 しばらく忘れていた過去が、何かを訴えている。


「あれ? おねーちゃん?」


 子供が不審な声を上げる。

 花畑には先客がいた。無論、子供たちの言うお姉ちゃんとやらだろう。自分と同じくらいの歳、背丈の少女だ。

 今夜の獲物は見つかった。


 あとは理由をつけて消えるだけだった。

 子供たち人違いをされて、子供だけでは危ないからここまで着いて来た。それだけで良いはずだった。

 しかし、獲物と捉えた少女の姿を見るとそれだけでは足りなかった。


「おねーちゃんが二人?」


 子供の言葉を聞いた瞬間、見間違いでないことを確信した。冷たい心臓がドクリと不気味にうねる。

 赤い髪、青い瞳。装いは違うが間違いない。

 目の前の少女は画布に描かれた姿そのものだった。


「あなたは誰!? どうして私と同じ姿を!?」


 獲物が狼狽えながらもカーリアに問う。

 その問いに答えることも、闇へ消えることも、カーリアには出来なかった。目の前に私がいる。視界が曇天のように渦を巻く。全身の筋肉が疼いた。


「このおねーちゃん、なんかへんだ! ガラスにうつらない!」

「こわいよぉ、おねーちゃん!」


 子供が指差す先、教会の窓ガラスには花畑の風景が映っていた。獲物と不死者イモータル、二人の少女がその風景に映るはずだった。しかし、そこにカーリアの姿はなかった。子供たちと彼らを抱える獲物の少女のみがそこには映っていた。

 本物のは、一人だけだった。


 私は、誰?

 もはや彼女の中に秩序はない。


 この女は私だ。私はこの女だ。

 今すぐ殺してやりたい。今すぐ死にたい。

 殺害じさつ衝動が高まる。

 一歩踏み出して喉へ一噛みすれば良い。

 そうすれば、私は死ぬことができるだろうか。


 問答をしているうちに、子供の泣き声に呼ばれてか教会から人が飛び出した。


「まったく教会で喧嘩はやめなさいな、みっともない」

「……! お前は誰だ! 何してる!」


 一組の中年夫婦だ。

 妙な気分だ。カーリアはこの夫婦を良く知っていた。

 殺害衝動が三又に分かれた。


 カーリアは鋭い爪で夫婦を一爪、文字通り一撃で二人を仕留めた。無意識的ではあったが、衝動の火の粉というわけではない。彼女は夫婦を殺したかった。

 過去の出来事が明確になる。

 私が死にたかったのはこいつらのせいだ。


 夫婦の首が宙を舞う。鮮血で花畑が彩られ、以前よりも華やかになった。少なくとも、カーリアの趣味に合う様にはなった。


「あぁ……いやぁ……パパ、ママ」


 少女は放心した。

 両親を目の前で殺されれば当然のことだ。

 しかし、彼らはカーリアの両親でもあるのだ。

 両親を、自らの手で、殺ってやった。


「次はお前だ」


 カーリアは少女に向き直り、爪で喉を捉えた。

 一爪ですべてが終わる。

 さよなら、私。

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