第3話 支配者

 少女は月明かりの差し染める部屋にて、椅子に座って画布へ向かう少年を見つめていた。自分がどのような様なのか、それを教えるにはこれしか方法がないらしい。

 少年は流れるように画布に筆を走らせる。


「僕たちは鏡に映ることがない。自分を認識することができないのだよ。だから自分がどんな見た目か、どんな表情かおか、他者に委ねる必要がある」

「………………ッ」


 少年を見つめる少女の目は、お世話にも穏やかとはいえなかった。見るものを射殺すような視線で少年の一挙一動を警戒している。

 少女は他者に委ねるということに不慣れであった。そうしていた記憶すらなく、あるのは死にたかったという願望だけ。だが死んだと言われても、自分はこうして生きている。少女の疑問は晴れぬままだ。

 少年が調色板に筆を馴染ませ、画布に少女を描く。

 この行動ですら、怖しいもののように感じる。


 怖れるものなど何もない。

 そういう身体だというのに。


「見た目も変わりはしない。僕もこの姿のまま百年が経とうとしている。玄関ホールに僕の肖像画があるから、君のを飾るときに見ていくといい。うん。こんなものかな」


 少年は少女を一瞥する。


「さ、できたよ。これが今の君だ」


 ついに少女の肖像画が完成したようだ。少年は突として画布を少女に見せつけた。

 少年の急な動きに、少女は座ったまま凍てつく。初めは攻撃を受けたものだと錯覚した。頬に痛みが走ったとも。すべては暗闇に身を委ねた自分の過ちなのだと、彼女はそう思った。


 しかし、画布の内容を観ると少女の表情は一変した。


 赤い髪は血のように美しく、艶やか。

 凍てつく視線を青い瞳で表現されている。

 そして、少年と同じ白い肌と白い牙。

 黒いローブを纏った彼女は、まさしく暗闇であった。


「僕たちはこの世の支配者、不死者イモータル。ようこそ一族へ」


 鏡に映らず、歳も取らず、死を克服した存在。

 ヒト種を手中に収めたこの世の頂点捕食者、不死者イモータル


「君は望み通り、死んだんだ」


 そう、死んだ。


「生きている。だが死んでいる」


 どうやらそうらしい。


「君はんだ」


 その言葉の意味を、今理解した。


「さあ、君の画布を飾りに行こう。僕の妹よ。題名タイトルを決めなくては……。カーリア……。君の名前はカーリアだ! 行こうカーリア! いろんなことを教えてあげる!」


 差し伸べられた彼の手を取る。

 その手は今までに感じたことのないほど温かかった。


◯◯◯


 それからカーリアは少年から沢山のことを教えてもらった。

 少年以外の同志かぞくのこと。これから暮らしていく館のこと。生活のこと。この世を支配する一族の野望。昼間の歩き方。狩りの仕方。食事の仕方。


 カーリアがイモータルに馴染んでいくのにそう時間はかからなかった。時が経てば経つほど過去のことなどは忘れ、彼女は真に生者でも死者でもない怪物へと変化を強めていった。


 夜はイモータルの世界だ。

 街に繰り出し、暗闇に溶けては獲物ヒトを狩る。下賎な屍鬼どもがウロウロと徘徊して目障りだが、そいつらが苦労して捕まえた獲物を横取りして笑うのも愉快なものだ。


 しかし、イモータルにも弱点は存在する。太陽だ。

 日の光に触れれば、イモータルは忽ちに不死性を失う。

 そうカーリアは聞かされていた。


 そして事件は起こった。

 白昼堂々、カーリアが人を殺したのだ。

 

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