第2話「一発ギャグ」

 ――魁聖高校かいせいこうこう。それは、日本で最も才能が必須と言われる学校だ。


 頭が良いだけじゃ入れないし、運動がよくできるだけでも入れない。でも頭が悪くても、運動ができなくても入れる。どちらにも使える、何らかの能力が必要だ。


 魁聖高校では、ポイントを使った制度が存在する。そのポイントの名前が、アビリティポイント。通称『ABPエービーピー』。


 ABPを多く持った生徒は、高校から補助金が渡されるなど、手厚く支援される。





 ――ABPを獲得する方法は、いくつかある。






 まず、『授業で好成績を出すこと』。



 これは当たり前だ。




 それから、『他の生徒に勝負を仕掛けて、奪い合うこと』。




 これが一番頻繁に起こる例だ。しかし学校側が詳しい獲得方法を明かしていないので、他のことでポイントが獲得できる場合もある。


 授業でABPを獲得できるといったが、その授業というのが、魁聖高校の大きな象徴となっている。


 その授業は、大きく二つに分けると、【頭脳部門】と、【運動部門】がある。


 たいてい、午前が【頭脳部門】で午後が【運動部門】など、午前と午後に分けて行う。どちらを先に行うかは、その日の先生の気分次第だ。


 最初に、【頭脳部門】。これは、あまり動かず、頭を使うゲームのような授業がメインだ。謎解きとか、難関迷路とか、単なるクイズとか、そういうことで頭を鍛える。


 それに対して、【運動部門】は、運動全般をする授業だ。だが「体育」と呼ばれるようなものとは違い、武器を使った戦いなど、かなりゲームのような要素を含むものが多い。そういう意味では、【頭脳部門】と似ている部分もあるが、こちらの方が圧倒的に内容が簡単だ。


 

 ―――――と。


「これだけ聞くと、ずいぶん難しそうに聞こえるけど……」


 魁聖高校のホームページに書いてあった内容を思い出していた俺は、ふと目の前の少女を見る。


「こんな華奢な女の子が入れるだなんて……」


 つい、俺でも入れるかも、と思ってしまった。魁聖高校は、公立高校だ。しかし、偏差値が高くないと入れないとかそういうのが全くない。全部、才能で判断する。


「あー、『今俺でも入れるかも(キリッ)』とか思ったでしょ。もうー、あたしだってけっこう頑張ったんだよ。体をうまく捻らないといけなかったし……あと頭使うやつね。あれ意外とシンプルなルールなのに、すっごくむずいんだよー」


 頑張ったアピールをする夏鈴。


 少し悪意があった気がしたが、彼女は確実に俺の反応を読み切っているようだし……やはり魁聖に入学できるだけあって、察力が鋭いようだ。


「そうだ、君も…………君? そうだ。君の名前も教えてよ」


「えっと……俺は――朝賀雄哉あさがゆうやだ」


 俺は普通に名乗った。すると夏鈴は「ふぅーん」と声を漏らし、それから唐突に――




「――君も魁聖に入らない?」



 ――俺の予想外の発言をした。俺は冗談だろ、と思ったが、彼女の表情はいかにも真面目そうだった。


「魁聖に入るって……もう今日から授業なんだろ?」


「大丈夫! 今からでも編入試験受ければ……」


「編入? 転入じゃないのか? 編入ってのは元の学校を一回退学してから学校に入るときだろ」


「そうだけど……魁聖では違うのっ。魁聖の試験を受けた瞬間に、もう退学扱いになるの」


「は……?」


「だからっ! 魁聖に入るときに手続きがなくてもいいように、他の高校に賄賂――じゃなくてなんやかんやで認めさせてるのっ。簡単なことでしょ。だからいつでも入学可能っ!」


「今賄賂って言っただろ。……というか、何でそれを知ってんだよ」


「……まあ別に、それは……」


 夏鈴はもじもじしながら、横目でちらちら俺のことを見てくる。その目は……それについては触れるなと言う事か……? まぁ…………今聞く必要もないか。


「……試験受けるだけで編入できるんだとして、本当に俺でも行けるのか?」


 魁聖なんて、俺のイメージでは、超名門で、超エリートが通う高校みたいなイメージなんだが……。


「分からない。でもたぶん、才能か運があればいけるよ」


「俺は才能はないし……運なんてそんなのあっても……」


「いやいや。運は大事だよっ。何でも運が良い人がのし上がっていくから。才能だけあってもダメなんだよ。運も実力のうちっていうでしょ。運さえよければ、何とか補えるからっ!」


「補えるって……そういう問題じゃ」


 運がよくて、他のことはそれでどうにか補えたとして、俺に何ができるっていうんだ。


「それにさ……」


「?」


「雄哉クンが行こうとしてた学校は、もうアイツらに占領されてるんだよ」


「は…………?」


 夏鈴は真剣なまなざしで事実を告げた。アイツらって…………さっきの機械の奴のことか?


「だからあそこは危険だよ。一緒に魁聖に行こっ。編入試験に合格すれば、君も立派な魁聖の生徒。さっきのあたしみたいに、カッコよく人を救ったりできるんだよ!」


「俺が人を救う……?」


 そんなこと、考えたこともない。


 ………………怖い。人を助けるのは気持ちがいい。でも、また奴のようなやつに会うかもしれないのは、怖すぎる。俺が臆病なだけかもしれないが……。


「俺……正義ってさ、なんかかっこいいと思うんだ」


「うんっ! そうだよね!」


「でも……それだけなんだよ。それだけの理由だ。人を助けたら気持ちがいいとか、そんなちっぽけな理由だ。そんなやつが人を救う正義の味方になってもいいもんか!」


 怒りを言葉にしてぶつけた。突然、八つ当たりのような、怒った態度になった俺を見て、夏鈴は一度目を伏せる。それから先程より声のトーンを落として……


「……いいんだよ。助けられた人は、助けたのがどんな人でも、きっと感謝してくれる。それが、雄哉クンのモチベーションになる、と思う。そして未来の雄哉クンは、きっとこれで良かったと思える」


「なんでそんなことが言えるんだ?」


「私そんな賢そうに見えないでしょ」


 彼女は少し肩をすくめ、それから片足を挙げて一回転。靡く髪が色っぽくて美しい。


「――運、だよ。あたしは運のおかげで入試に受かった。あたしの今の言葉は勘、つまりほぼ運ゲー。あたしは運のおかげで今ここにいる。あたしは運で雄哉クンを助けたんだ」


「運で、俺を助けた……?」


「そう――――雄哉クンも一緒に、運でこの世界を救おうよっ!」


「運……で………」


 運勢なんて気にしたことがないから、自分に運があるかどうかなんてわからない。たまに、おみくじを引いて見るくらいのものだ。


 友達が大吉を取ったのは見たことがあるが、俺はない。俺は吉とか中吉とか末吉とか、その辺を繰り返すだけなのだ。


 その才能も運も普通な俺が、魁聖に入れるだなんて思えない。


「あのさ……」


「うん? なになに?」


 俺は夏鈴に問う。


「魁聖の編入試験って、どんなやつなの?」


「おっ、入ってくれるの!?」


「いや決めたわけじゃないんだけどさ……俺には運もないと思うし…………まあ参考程度に、ね」


 本当に、俺は魁聖に入れるなんて思っていない。だがさっきの奴みたいなのがうろちょろしていると思ったら、怖すぎる。自分の命の防衛のため、そして今の現状をもっと理解しておくためにも、魁聖高校に入れたら、と思っているのだ。


「そうかそうか! ちょっとは関心を持ってくれたと! 成長してるっ! ……成長? あっ! 今会ったばかりの人に何言ってるんだあたし! ごめんなさい! つい嬉しくって!」


「いや……それはいいけど…………」


「あ! そうだよね。訊きたいのは魁聖の編入試験のことだよねっ!」


 テンションMAXで、足をじたばたさせながら、耳朶に印象強く残る可愛い声で言う夏鈴。


「えっと、入試と編入試験は内容が違うんだけど……ちょっと待ってね。パンフレットに内容が書いてあったんだけど…………あった!」


 夏鈴は腰に身に着けていた小さなポシェットから、シワシワになったパンフレットを取り出した。


「おい、なんでそんなにシワシワなんだ?」


「あ! これは……、恥ずかしいんだけど……。あたし結構心配性でね。というか、記憶力がなくてね、入試の内容とか、何度も読み返してたんだよね…………って言っても、一時間後くらいには忘れてるんだけど」


「記憶力なさすぎ! 明日になったら、俺のこと一欠片も覚えてないとか言わないでくれよ……」


 夏鈴はにやりと笑う。


「あー、あたしの印象に残るような面白いことしないとダメかも。一発ギャグとか」


「急に一発ギャグ!?」


 無茶ぶりすんなよ。……いや待てよ。夏鈴のあの顔、あいつ俺が一発ギャグできないとか思ってる顔だな。…………まあマジでできないんだけど、もし一発ギャグで夏鈴を笑わせることができたら、連絡先の交換とかして、また会うことができるかもしれない。


「やっぱりダメ? ダメかー、そうかー、それだともうすぐ忘れちゃうなー」


「ま、待て! 俺はやらないとは言ってないぞ。ただ、急な無茶ぶりに驚いただけだ。俺はやったるぞ。夏鈴のために!」


 本当は夏鈴のためではなく、俺のためなんだけどな。


「あ、夏鈴って呼んでくれた! ……ありがと」


「一発ギャグ、一発ギャ……――て、え?」


 俺が一発ギャグを必死にひねり出していたのだが……青天の霹靂だった。夏鈴が急に感謝してきたのだ。夏鈴は少し上目遣いで…………ああもう可愛い! ……でも、なんで急に感謝を?


「名前の呼び捨てで呼ばれるのって、なんか新鮮で。みんな〝夏鈴ちゃん〟って呼ぶから」


「そうなのか?」


 なんだか、ちゃん付けするとか気恥ずかしくて、思わず呼び捨てしてしまっただけなのだが、まあ可愛い夏鈴ちゃんが喜んでくれるなら結果オーライだ。


 ……だがしかし! それよりも一発ギャグが回避できたことに、俺ってすごいと自画自賛する俺。別の話題に変わったということは、俺はもう一発ギャグなんてしなくていいということに――



「――あ、それはさておき一発ギャグ。天地が引っかえりそうなほど面白いやつ。私を笑い転げさせて」


 ……前言撤回! 全然回避できてなかった。というか、さっきより難易度上がってる気がする。


「うーん…………」


 改めて考えてみれば、一発ギャグやらなきゃ夏鈴に覚えてもらえないんだった。危ない危ない。


 しかし……一発ギャグって、そもそもどんなのだ? 


 みんなが知ってる人とかキャラクターの物まねとか? ――でもどんな物まねができるか、やったことないから全くわからない。


 面白いダジャレとか? ――「布団が吹っ飛んだ」みたいな有名なのじゃ、さすがに笑わないだろうけど……



 …………そうだ!



 さっき、夏鈴という名前を聞いて、なんとなく「かりんとう」が思い浮かんだのだが、その勢いで思いついたダジャレがある。しかし、これは面白くない。でも……


「早く! ねえ早く! ダジャレでも何でもいいから! お願い!」


 と、夏鈴が急かしてくるので、内心かなり焦っている。焦ると、面白いとかどうとか忘れて、言ってしまいそうになる。


「ねえまだ! 早く早く! 本当に何でもいいから面白いやつ!」


 それが難しいんだよ……。やばい、このままじゃ、言ってしまう……! 俺がこのつまらないダジャレを言ってしまう前に、何か面白いギャグを思いつけ!


 焦燥・動転・狼狽・惑乱。…………もう、ヤバい…………!


「あ、三時のおやつがない! どうしよう。……そうだ! 隣のおばさんの家に行って、〝かりんとうを借りんと~〟」


 ……言ってしまった。


 すると、辺りが急に寒くなった。極寒だ。自分が雪山にいるような感覚がして、それとともに、可愛い女の子の前で寒いダジャレを言うという恥辱が、身にしみて感じられた。後悔が、雪崩のように押し寄せてくる。


 けれど、夏鈴の反応は、予想に反したものだった。



「――あははははは!」


「…………へ?」



「面白い! すごい! すごいよ! ……ははは」


 ……夏鈴は笑っている。それも、嘘の笑いとは思えないほど大きく、だ。


「かりんとうを借りるってどういうこと……? はっはっは」


 夏鈴はなぜか笑っている。


 普段からテンションが高いから、笑う時も良く笑うってことなのか? それにしても、笑いの沸点が低すぎやしないか?


「迫真の演技だったよ!」


 真面目な顔で言う夏鈴。……おいおい、本当にそう思っているのか?


 俺が言ったのは、誰でも思いつくような、マジでつまらないたぐいのダジャレだ。ツッコミどころ満載だ。というか、夏鈴もツッコんでた。なのに、夏鈴は心から笑っている……だと!


 尊敬するよ。俺は昔から愛想笑いがどうしてもうまくできなかった。しかも人が言ったことにあまり笑わない。それで無理矢理笑おうとしたら、馬鹿にしてると言われ、非難される。だから俺はあまり友達がいない。だからこうやって、歯を輝かせて笑えるやつは本当に尊敬する。


「すごい」「すごいね!」



 ――全然違う意味で、賞賛しあう二人だった。

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