スロウ・ステップ・ストリーム
星色輝吏っ💤
第1話「美 ☆ 少 ☆ 女 ☆」
「ふわああ……」
眠い。眠すぎる。
春の穏やか過ぎるくらいの温暖な気候に、欠伸を何発もぶちかます俺。
これから高校の入学式だ。俺は家から一番近い、偏差値がそんなに高くない、平凡な高校にした。選んだ理由は、ただ単純に、遠いと面倒くさいからである。距離は1㎞あるかないかくらいだ。
さて、俺の方の紹介に入るが、まあ珍しい名前でも、何か特筆すべき特技があるわけでもない。ごく普通の名前だ。特技の方は、しいて言えば、けん玉が得意……かな。
俺の名前は、
グチャリ。
「ひぃぇぁっ!!!」
とんでもない奇声が出た。犬のウンコを踏んでしまったのだ。
「最悪だ……。ふざけんな! 自己紹介に集中してたからだ! そうだ! ……いや、そうか? ……あ、犬のウンコは持って帰れ、飼い主! 全部飼い主の責任だ! うわ、くっさ……」
怒りのせいで、つい叫んでしまった。幸い、周りに人はいなかったが、住宅街なので迷惑には違いない。
「ふう~。危ない危ない。これからアオハルが始まるというのに、入学式が始まる前から醜態をさらすところだったぜ」
ぐちょぐちょになった靴を地面に擦り付けて、何食わぬ顔で再び歩き出す俺。
ウンコ? そんなの踏んでないけどね。
――そう頭で何度も繰り返し言い聞かせていた。
「それにしても、誰もいないな……」
さっきから、誰も見ていない。そういや今日、家族以外見てないな。どうしたんだろ? 俺は不思議に思いながら、遅刻しないようにと、足を急がせた。
――――と。
「ん? ……おっ! いたぞ、人が!」
第一町人を発見した。深く帽子を被っているので、顔を見ることはできない。制服は俺と同じ高校のものだが、かかとくらいまであるぶかぶかの厚いコートを着ているので、性別すらわからない。この暖かい日にそんなに着るか? ズボンを穿いてるかスカートを穿いてるかで性別分かるんだけどな……。
「――って、まさかの同じ学校!? これは……声をかけるチャンス! 友達一人目早速できるんじゃない?」
気持ちが高ぶった俺は、羞恥心など忘れて、その人に声をかけた。
「あ、あのう!」
「………………」
その『人』は、無言で振り向いた。――いや、この表現は間違っているかもしれない。なぜなら――性別はわからず、呼びにくいので『奴』と呼ばせてもらうと――奴が振り向いたときに見えた顔の半分以上が、機械化していたからだ。
「なっ……! なんだよ……それ…………」
驚きよりも、恐怖が勝ったと言っていいだろう。俺は尻餅をついて、必死に後ずさる。
人間じゃない……よな……。
体は人間。胸が膨らんでいるから、女だろうか。ロボットか何かみたいだ。でもロボットなら、なぜ制服なんか着てるんだ?
俺はどうにかしなければと、必死な思いで思考を巡らせた。
…………でもすぐに頭が混乱して、脳は思考を放棄し始める。
「ネェナニヲシテイルノ?」
「は……ぁ……あ――っ」
気付くと、俺は奴に話しかけられていた。思考をあまりしなくなった脳には、断片的な情報しか入ってこない。その〝声〟――というより〝音〟が、キィキィと漏れ聞こえる。
不快な音だ……。――と、〝不快〟だと思ったその時には、その情報のみが頭の中を占領して、他のことを考えられなくなってしまう。恐怖によるパニックが、俺の思考を制限しているようだ。
……脳は恐怖に反抗し、思考を再開しようとする。しかし、それがなかなかうまくいかないのだ。
ヤバい……! 誰か……誰かいないのか! 何だ……何だこれ? 何なんだ?
息が上がる。……怖い。こんなにも怖いと感じたことは今までないかもしれない。
なぜこうなった? 俺は高校に入って友達を作りたかっただけなのに。俺は変わりたかっただけなのに。
逃げたい。逃げたいのに、体が動いてくれない。
「ネェナンデムシスルノ?」
「ぎゃああーーっ」
俺は逃げた。動いた、やっと体が動いた。手をついて起き上がり、走った。がむしゃらに走った。そして――
「ぁ……………………」
気づくと世界は真っ白になっていた。後ろを振り向くと、白く光る太陽の光に反射して、奴の機械の顔が眩しい。
もうよくわからない。何も感じない。
「ネェナンデ? ネェナンデニゲルノ?」
ただひたすらに逃げていた。疲労で膝から崩れ落ちても、俺は気づいていなかった。心はただ走っていた。
……やっと俺がそのことに気付いたときには、後ろにいる奴の機械の口が、口裂け女のように裂けていた。思考が追い付かない。もうどうしようもない。なんでこんなことに。誰か……助けて…………。
俺は終わった、と思った。解決する手段はないと思い、すっかり諦めていた。いつの間にか死が怖くなくなった。言い訳をいくつも考えて、死を受け入れようとしていた。だからそのとき――
「おらあっ! ふぁいとおーーーっ!」
――本当に誰かが助けに来るなんて、考えもしなかった。
虹色の刀を持ち、オレンジを基調としたセーラー服(?)を着たその少女は、一瞬のうちに奴の機械の頸を斬り落としていた。血は出なかった。やはり奴は人間ではなかったのだろう。
「あ…………」
奴の体は一瞬でバラバラになり…………いつの間にか、真っ白だった世界に色が戻っていた。
彼女の透き通った水色の髪が、日の光を浴びて幻想的に光っていた。彼女は刀を振り、かっこよく鞘に納めた。まさに正義のヒーロー、そのものだった。でも……
……銃刀法違反じゃね? いや助けてくれたのはうれしいんだけどさ……。犯罪は犯罪じゃね?
……こんなふうに考えられるくらいには、俺の心は落ち着いてきていたみたいだ。
「よーし、やっつけた。この生首――いや機械首持って帰ろっかな。
「あのー……」
俺は少女に話しかけた。
何なんだこの人は? 年齢は俺と同じくらいだろうか。第一印象は、元気がいい女の子、って感じだが……。
向こうの方を向いているので、顔がしっかりと見えない。
「そろそろ学園に戻んなきゃ。うーん……やっぱり実戦よりも、頭脳戦の方がポイント高いのってなんかおかしいと思うのよね……。まあそんなこと先生に言っても、圧倒的なコミュ力で論破されるだけだけど。えーと……」
え? 実戦に……頭脳戦……!? まさか……!
「あっ、あのー!」
「は、はい!」
俺が急に大きな声を出したので、驚かれてしまったようだ。
そして、彼女が髪を靡かせながら振り向くと――
「おふ――っ!!」
――美 ☆ 少 ☆ 女 ☆ 何ですけど!?
やっば、マジかわよ。
俺は気分が高潮して、一瞬、何を言おうとしていたのか忘れるところだった。いったん気を落ち着かせて、気になったことを問うてみる。
「あのー……。ちょっと気になったんですけど……――あ。もちろん、僕は助けてもらった側なんでこんなこと言える立場じゃないかもしれないんですけど……、あのー……あなた……あなた? ――いや、あなた様って…………
「ふぇっ!? なんでそんな改まって? きゃあっ! あたしにときめいちゃった? うーんと……君、高1でしょ。じゃ、あたしと一緒だからタメ口で、バッチグー。――うん? 魁聖高校? あ、そうそう。そんな名前だった! 名前がなんかかっこいいから選んだんだけど、なんか、ナントカポイントとかいろいろあって、ゲームみたいで面白かった! 君は今日入学式? あたしは昨日だった! 次の日の――今日からもう授業だよ。ま、面白いからいいんだけどねっ」
……この子めっちゃテンション高いやん、最高かよ。それに同い年? ……マジか。
彼女の体は大人びて見えるので、年齢は向こうの方が上だと思っていた。
「えへへ。あっ、あたし、自己紹介してなかったよね? ごめんごめん。えっとぉ、あたしの名前は――
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