プライバシーの侵害なので、私のこと養ってください……!~異論は受け付けません。だって君が悪いんだから!~

星色輝吏っ💤

1混沌のプロローグ

 ラブコメのテンプレ展開――主人公が間違えて女子風呂に入ってしまうという……まさにそれだった。


「「………………」」


 ――見つめ合う二人。長い沈黙。


 ヒロインサイド―—糸守渚いともりなぎさは、風呂の熱気で体が火照り、冷静な判断を失ってしまっていた。何が起こったのかという理解に時間がかかり、ズボン半脱ぎの同い年の男子をただ見つめるだけ。


 一方、主人公サイド——倉持零斗くらもちれいとの方は、理解できたがゆえにその現実が受け入れられず、タオル一つでその美しい体躯を隠す目の前の女子をぽかんと見つめるだけ。


 こんなとき、たいていの場合ヒロインが悲鳴を上げて主人公を殴れば終わってしまうが……この二人の場合、そうはならなかった。


 バンッ‼ ――足を一歩踏み出して。


「私の体を見るなんて最低なのでお金マニィを要求します!」


 少し理解が追い付いた渚は当然のように金を要求した。だが零斗も怯まない。相手が渚なら、予想通りの要求だった。


「いや。俺はあんたの体に興味がないので払えない。……だが、世の中には興味がある人がいるかもしれない。そんなにお金が欲しいなら、自分で自分の体でも売ってお金にしたらいいんじゃないか。それなら俺も協力するから。お金は全部あげるんでね」


 ニヤける零斗。金を払いたくないだけだが、冗談交じりに話を盛った。


「えっ、そんな簡単にお金マニィが……っではありません! そんな淫らな行為、私にはできません。プライバシーの侵害です!」


 金に釣られやすい渚――が、彼女も女子。迷ったが耐えた。


「そうそう。だから俺はあんたがお金が欲しいなら、と言ったはずだろ」


 別に俺が強制したわけではないということを強調し、自分が悪ではないことを強く主張する零斗。


「は、はいそうです! でもあなたが嘘をついている可能性もありますよ。もしあなたが私の体に興味がないというのが嘘だったなら、私の恥ずかしい姿があなたの脳に焼き付いてることでしょうし」


 冷静な切り返し。事実、零斗はしばらく彼女の美貌に見惚れていた。


「そう思うなら早く服着たらどうだ?」


 だが冷静にツッコむ零斗。……正論過ぎた。体の火照りもすっかり消えて冷静になり、自分の体を見て赤面する渚。


 ――さてと。一度零斗を風呂場へ追いやり、着替えを終えてから連れ戻した渚は、再び零斗の前に立ちはだかり、睨んだ。しかし——先程とは違い何かを気にしていた。


 何者かの策略によって男湯に代えられた風呂場。そう。そこは現在男湯であり、他の男が入ってくる可能性も否めないのだ。


 ……と、一応ここで説明しておくが、ここは老舗の温泉旅館の天然温泉。男湯と女湯が一日二回切り替わる。今は女湯のはずだが、なぜだか暖簾が男湯に! ――というどこにでもありそうな場面だ。


 つまり今は男湯、ということになっているわけだが……。


 そこで渚は周囲を見渡すが、この場所に存在するアイテムといえば、あいにくにも髪を乾かすドライヤーや清掃員用の掃除道具くらいだ。


 最初、渚は傍にある掃除用のモップを見て、男湯の掃除をしている清掃員のフリをしようと考えた。しかし――そこに都合よく清掃員の衣装などない。渚が今着ているのは浴衣。それに彼女は現役の女子高生。そんな彼女が男湯の清掃をしているというのもおかしな話だろう。


 渚も頭がキレる方だが、零斗はそれ以上だ。まるで『敗北』の二文字が自分に降りかかることなどありえないという表情をしている。


「ああそうそうここは男湯だ。ここに他の男が入ってきたら俺と口論してる場合じゃないよな。でももしあんたが男湯を出ていくところを見られたら? それでも同じことになるんじゃないか?」


 渚の不安をさらに煽る零斗。


「そんなこと言われたって一か八か出るしかないでしょう! 今日の男湯と女湯の切り替わりはここが女湯になったときで最後だったんです。つまり、ここが女湯に戻るのを待つと明日になってしまうわけです……」


 冷静な思考、だがそれによって自分が追いつめられる渚。


「そうだろ? さあ早く出たらどうだ? 見られるかもしれないけどな。見られるかもしれないけどなっ!」


 強調して二回言う零斗。――しかし渚は、そんな脅しには屈しない。


「ええ出ますとも。もし見られても、平気な顔してればちょーっと入るとこ間違えたんだなぐらいには……」


「その濡れた髪で……?」


「っ……⁉ で、でも今すぐ乾かせば……」


「その間に誰か入ってきたら……?」


 追い詰められる渚。零斗は渚に近づき圧力をかける。


「さあどうする……? 俺はどんな選択にも喜んで協力するぞ」


 不気味に笑う零斗。だが—―今の一言で、空気が変わった。


「言いましたね」


「え?」


「どんな選択にも喜んで協力する、と言いましたよね?」


「言ったが……?」


 嗤う渚。その目には輝きが。渚は足を零斗の方へと踏み出した。


 ――強い一歩。勝利への自信の満ち溢れた渚の表情は、清々しいほどに綺麗だった。


「な、なんだよ……?」


 不安になる零斗。何か重大なミスを犯した気がしてならなかった。が――零斗は喜んで協力するとは言ったが、協力するつもりなんて更々なかったのだ。もし本当に協力するつもりがあるのならば、外に人がいないか零斗が確認すれば済む話。


 零斗は余裕の表情を崩さない――だが、


「ええええ。誰か入ってくるかもしれないので早く言っておきます。まずは私の姿を写真に撮ってください。あなたのスマホでです。私は今スマホを持っていませんから」


「は……? なぜ? そんなことしてたら誰か入ってくるかも……」


「そうですね。だから早くしてください。私の体を売るんです。私の体を撮って、それでお金にします。協力するって言いましたよね?」


「あ、ああ……」


 零斗がスマホを構えると、渚は浴衣をずらしてはだけさせ、それから零斗の方へ大きく一歩前に出た。


「も、もう……恥ずかしいから早くして……」


「あんたが撮れって言ったんだろ……」


 零斗は目を背けながら、渚の少しはだけた浴衣姿をパシャリと撮った。渚の頬は高潮している――が、シャッター音が鳴った瞬間、


「ありがとうございま〰〰す」


 渚は、陽気に笑った。


 結論から言えば、まあそれくらいならという零斗の思考は、間違っていた。なぜなら零斗が渚の体を撮った瞬間、勝利への自信チェックが、勝利への確信チェックメイトへと変わっていたからだ。


「私に何か策があるのか探ってますか? いいですよ。どんどん探ってください。だって私の策は誰だってできる、最低で最強の策なのですから」


「何……? その策って一体……」


「言ったら効果がなくなりますね。でも、取引に応じるなら言ってもいいですよ」


 渚の自信に満ちた表情を見て、表情は変えないが胸の内で不安になる零斗。


「取引の内容によるな。まあもちろんあんたの策の内容によっても変わるが、それはどうせ取引に応じると言うまで教えてくれないんだろ?」


「教えるほどのものじゃないんですよ。今のうちに言っておきますけど、もし一つ目の策が潰れてももう一つの策が機能しますよ」


「何? もう一つ策がある……?」


 信じられない零斗。零斗は頭脳には自信があった。零斗はテストで学年一位を取るほどの成績で、スポーツもできる文武両道で、まさに理想の男子高校生と言ったところだろう。


 そんな零斗を打ち負かす少女など……。


「何か、何かないか? 相手の策を探る方法は……」


「私の策を探る方法ですって? 方法なんてなくても……」


「いや、直接で駄目なら間接的に……」


 零斗は渚との会話・行動をすべて思い起こす。零斗は重要そうなのは最後の方、渚が零斗に写真を撮らせたあたりだと考え始めた。


 そうだ――渚は、零斗に、写真を撮らせたのだ。


「まさか…………スマホを持っていないというのは嘘だったのか?」


「お、正解。大正解で〰〰す」


 渚は少し嬉しそうに手を合わせて体を揺らした。


「でもどうしてわかったんですかね? あ。もしかして、一つ目はもうわかっちゃいましたか?」


「あんたはスマホで通報でもするつもりか? 俺があんたの体を撮った罪で警察に連れて行かせる気か? それなら無駄だぞ。だって写真なんて消せばいいんだからな」


「あぁ……合っていますよ、一つ目は。でも、そんなに簡単に消せますかね?」


「消すのは簡単だ。一瞬で消せる。撮るには撮ったが消しちゃダメなんて言われてないしな。念のためにすぐ消せるよう準備しておいた」


「そうですか。私の武術で壊したり水をかけたりして壊そうかと思いましたけど……」


「スマホは防水だが……武術は怖いな。身の危険を感じる」


 悲しそうな顔をする渚と、恐怖を覚える零斗。無論、渚は落ち込んだ表情をしているが目から希望の光が消えたわけではない。なぜならそう――まだ二つ目の策が残っているからだ。


「はぁ……二つ目の策に行きますか。あなたを鞄の紐で絞殺するという……」


「怖い怖い……! 冗談でもやめてくれ……!」


「そうですか。じゃあガムテープで顔をぐるぐる巻きにして窒息死させるとか……」


「だから発想が怖すぎる! なんでそんなもん持ってんだよ! ハサミで刺殺とかのがまだわかるわ! というかなんで俺を殺すんだ? お前に俺を殺す意味ないだろ!」


 零斗が本気で怯えて叫ぶと、渚は零斗を真似たにやけ顔をして言った。


「あ、やっと気づきました? そうなんです。ありません。そして、意味のないことはもう一つあります」


「もう一つ?」


「あなたはなぜここに留まっているんですか?」


「え?」


「外に出た方がいいはずです。もし私とあなたが一緒にいる状態で誰かに見られたらあなたも変な目で見られるんじゃないでしょうか? どんな目かはわかりませんが、少なくとも良い目ではないでしょうね」


「え、いや……ここは男湯だぞ。そんなことは……」


「――だとしても、です。あなたがこの場所に残って何か利益がありますか? むしろ外に出て誰かをここへ誘導した方が勝利の可能性が広がるんじゃないですか。けれどもあなたは私とここに残り、私と口論し続けた。あなた、もしかして私とずっと居たいんですか?」


「はぁ⁉ あんた、何言って……」


 不意に妖艶な笑みを浮かべた渚に、少し顔を赤らめる零斗。それを見た渚はさらに零斗に顔を近づけて—―。


「取引内容を言います! あなたは私の裸を見ました! あなたの目で私の体は穢れました! プライバシーの侵害です! でもあなたは私を決して見捨てず一緒に残ってくれた! 孤独が嫌いな私と面と向かってけんかしてくれた! そんなあなたと取引します! この取引に応じないならば、すぐに大声で叫びます! 『あなたに無理やり男風呂に押し込められた』と!」


「……………………」


 実は、渚は零斗を風呂場に押し込めている間にこの旅館のロビーに電話し、男風呂に入ってしまったことを伝えていた。その時点で、渚がここから出ていくまで男性客がこの風呂場に入ってくることはないのだ。


 零斗が渚の裸を見たのは不可抗力。しかし写真を撮ったのは自分から。


 そして、その様子は――渚の仕掛けた小型カメラにばっちりと映っている。声は入らない仕様のものだ。


 それから、渚と零斗が熱心に口論しているところを映すと訴訟に必要な材料にはならない可能性があるので、渚は基本的にロッカーでカメラの死角になる場所に立ち、カメラが熱心に語る零斗だけを映すようにした。零斗がスマホを向けたときだけ一歩前に出てカメラに映る。これで浴衣をはだけさせるようなわざとらしい行動もカメラには映らない。


 零斗は渚が本当の意味で勝ちを確信しているのだとは知らなかった。どうせ覆すことのできるものだろうと思っていたのだ。渚が一枚上手だった。


 零斗は悔しさを噛み締めて、肝心の〝取引内容〟に耳を澄ませた。


「私はあなたと取引します! その取引内容ですが――」


「………………なんだ?」




「――プライバシーの侵害なので、私のこと養ってください……! 異論は受け付けません。だって君が悪いんだから!」




「………………………………は?」



 ――倉持零斗の波乱の青春ライフが今、始まる。















次回、「2どっちも幸福な選択を」♪

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プライバシーの侵害なので、私のこと養ってください……!~異論は受け付けません。だって君が悪いんだから!~ 星色輝吏っ💤 @yuumupt

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