第30話 魔法の知識

 Aの後を追いかけて宿舎から出ると明るさで一瞬視界が奪われる。先程まで曇りだった空は雲ひとつない晴天に変わっていた。


 電気照明やガラス窓が無い屋内の薄暗さを改めて実感させられる。

  

「BB、何をしてる、早く来い」

「はい!」


 駆け足でAに追いつき、RPGでありがちなうしろを追いかけるように距離を保ちながらついて行く。


「別に横を歩いても良いぞ?」 

「そんなおそれ多い!『三尺下がって師の影を踏まず』という礼儀作法が俺の国にはあるんです」

「さんしゃく?なんだか良く分らない作法だな。こうするとどうするんだ?」


 Aが進む方向を変えたため影が背後に落ちた。詰めていた距離では影を踏みそうになり、一瞬足を止め影との距離を調整してついて行く。


「この場合はこのように更に距離を取ります、元となった教えでは七尺ですから全く問題ありません。これは尊敬する師に敬意を示す作法なのです」

「そのなんだ、しゃくとは長さの単位なのか?センチとかメートルではないのか?」

「尺とは約30センチの事で、す!?」


 この世界の単位が初めて分かった。斡旋所のアルファベット、公衆トイレ、そしてさっきのフレンチトーストといい先輩勇者の軌跡きせきが見えてきたのではないか?


「どうした?」

「い、いえ。言葉に詰まっただけです」

「そうか、それでだ。BBの国では『しゃく』と言うようだが、センチを理解しているならセンチで話してくれると助かる。

 あと…気持ちは嬉しいがその作法はここでは禁止だ、不便じゃないか?とにかく横に来い」

師匠マスターがそこまで言われるなら…」


 横になって歩くと何だか今までより心の距離感を近く感じてしまう気がする。

 何とか理由をつけて後ろをついて回りたかったのだが…。


「なんだ、不服そうだな」

「いえ、そんな事は無いですよ?」


 とりあえずAの横へ移動し歩調を合わせる。


「一列に並んで歩くのは話すのに不便なだけではない、危機感が薄くなりがちで咄嗟とっさの反応に遅れるぞ。前衛が何かを避ければ最悪死ぬ事になる、前衛が盾持ちでかばってくれるなら構わないが」

「あー、確かに師匠の後ろじゃ視線が固定されますもんね。槍や弓に対処できずに貫かれそうです」

「固定だと?いったい何を見ているんだ?」


 まずいな…正直にAの足を見ていたと言えば血の雨が降るのではないか?


「まさかお前、私の尻を…」

「い、いやいやいや!?

 足を見てたんですよ、足を!

 その傷跡の無い美しい足を!!

 も、もしかして、ま、魔法で傷跡とか、ぜ、全部消えちゃうんですか?」


 Aは押し黙り地面を見ていた…。

 こ、れは…き、きついか!?

 やっぱり無理か!?

 

 俺はAの方にあわてて体を向け、予想される攻撃に対処すべく身構える。


「あ、足か。私の足は聖女様にも良く褒められていたからな」


 Aは小刻みに震えながら応えると、自分の頬を両手で軽く叩いて再び話始めた。


「BBは魔法についての知識はあるのか?」


 良かった、なんとか元に戻ってくれた。攻撃が来ない事を確認し、素早く構えを解いた。


 何かあるたびに意識を失うのはもうたくさんだ。


「いえ、残念ながら。しかし魔法を使えるようになりたいです」

「そうか、ならば腰を据えて話す必要があるだろう。少し長くなる、そこの木陰に座れ。さっき渡した魔石の説明はその後にしよう」 

「はい、師匠」


 Aと俺は木陰に入り、短く刈られた雑草の上に胡坐あぐらをかいた。


 しかし…ショートパンツでの胡座は辞めて欲しい。透明感のある美しい肌が絡むその姿は目の毒でしかない。


「まずは魔法について話そうか」

「よ、宜しくお願いします」


 とにかく講義に集中して視線は目に固定するしかないな。


「BBが経験している治癒魔法や補助魔法は神聖魔法という類のものだ。神の力を借りて奇跡を行使する事ができる。使用者は強く祈る事で奇跡を起こし、神聖魔法を扱える者を祈祷師と呼ぶ」

「なるほど」

「そして次に分類されるのが七大魔法という属性魔法だ。火、水、風、土、雷、光、闇とあり、七大魔法を扱う者は魔法使いと呼ばれる」

「神聖魔法と七大魔法を使える人はどう呼ぶのですか?」  

「賢者だ。しかし私が知る限り賢者はおとぎ話の中でしか聞いた事が無いな。神聖魔法と七大魔法は魔力の操作が逆なんだ。どちらも覚えようとした者が過去に事故を起こしているよ、回復させようと治癒魔法をかけたつもりが雷魔法で即死させたりな」

「詠唱?っているんですよね?それなら間違えないのでは」

「詠唱すると魔法が使えるという訳では無いんだ。詠唱はあくまで魔力操作をしやすくするためのもので極端な話、詠唱せずに発現できたり他の詠唱をしつつ効果の違う魔法を発現させる事も原理としては可能だ」

「な!?そんな事が!?」

「まぁ、あくまで原理としては…だ。そんな事ができる者は聞いたことはない」

「なるほど…」

「それでだ、神聖魔法も七大魔法も魔力を操作する事で発現する奇跡なんだが…」

「はい」

「さっき神聖魔法で説明した『神の力を借りて奇跡を行使する事ができ、使用者は強く祈る事で奇跡を起こす』という点が嘘になる、大衆向けの分かりやすい嘘だ」

「ん?」

「だから、魔力操作が魔法の本質なんだ」

「嘘をつく意味があるのですか?」

「この嘘には人をあやめる可能性がある七大魔法と区別し、人々の不安を取り除く効果がある」

「うーん?でもそれじゃ神を信じない人でも神聖魔法を使えるって事ですよね?神聖魔法を使う悪人が出てきたりすると意味が無いんじゃないですか?」

「その通りだ、だからそういう者は祈祷師とは呼ばずに邪教徒と呼び、賞金首にされる」

「邪教の神の奇跡で回復したりしているという理屈ですか」

「そういう事だ。邪教徒を滅ぼすのも我らの使命だ…話がそれたな、少しは魔法というものがわかったか?」 

「なんとなくわかってきました、」

「よし、ではここからが本番だ。魔力と魔力操作の説明をする」

「よ、宜しくお願いします」


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