第29話 Eの食事とAの褒美

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした!」


 奉公人になって初めての食事は日本のカフェにあるような甘くて美味しいフレンチトーストだった。後から用意された紅茶はストレートだったが全く問題ない。この時驚いたのは磁器のティーカップで紅茶が提供された事だった。


 磁器は飲み口を薄く仕上げる事ができるため、口当たりや繊細な香りを楽しむことができる。ゴールに来てやっとまともな文明らしいものに触れることが出来た気がする。


「いやぁ!こんな素晴らしい食事を頂けるなんて夢にも思いませんでしたよ!毎日こんな美味しい物を食べているんですか?」

「今回はA姉様に頼まれたので特別に私が料理しましたが、奉公人の食事は基本的にF神官長の奉公人が作っていますね。

 味や料理の種類ともに私が作るより劣りますが、それでも食事に関しては恵まれていると思いますよ」


 Eは笑顔で頷いてAと俺の前に置かれた食器を片付け始める。


 食事の余韻を楽しみたかったが、さらっと毒舌が挟まれていた事もありすぐに現実に引き戻された。


「なるほど。確かに奉公人が皆様と同じ食事をとれるわけないですよね」

「BBはEの料理が食べたいの…か?

 それならF神官長とEに認められる必要がある…と思う」

「それでは食事代を稼げるような働きができるように励みます」

「BB、誤解…しないで欲しい。別に食事代が無いとか、薪を買う資金が無いわけではない…んだ。大量の薪調達に割く人員がいなかっただけ…なんだから」


 Aの口調がますますおかしくなってきている。いや、むしろ俺の頭がおかしくなっているのか?今なんてAが出来の悪いツンデレ娘に見えてきたくらいだ。


「あと、一緒に食べたいならそれなりの理由が必要…。例えば身体を作るために栄誉を取る…とか」


 だめだ、これは早くなんとかしないと。


師匠マスターA、その、勘違いなら申し訳ないんですが普段の口調で話して貰えればと思いますよ」

「なッ!?」

師匠マスターと奉公人なんですから上下関係もありますし、俺は別に今までの口調も好きでしたよ?」

「にゃ!?にを言っている!?」


 赤面し慌てた様子のAに気づかないふりをして話を続ける。可愛い一面を見てしまうとなんだか父性が湧いてくるな…。


 いやいや、歳は取りたくないものだ。俺の年齢があと20歳若ければそういう未来があったかもしれないが。


「そうだ、話は変わりますが薪を調達する時に薪代をくれなかったじゃないですか?資金に余裕があるなら薪代は頂けるんですか?」

「あ、あれは試験の一環だ!

 試験の際に私の一撃を受けて気絶していただろう?

 あの時にBBの所持金は調べていたんだ」


 口調が少し戻ったAは腕組をして不機嫌そうに顔を背けた。


「あれも試験!?」

「代金を渡して薪を買いに行かせるのは、誰にでもできる事だろう?」

「まぁ、そうですね」

「それでは誠意をはかれない。どこまで奉公人としての自覚があるのか、それを知るための試験だ。あえて金を渡されていない状態で、薪の調達方法から一任する事で奉公人としての覚悟と誠意を試したんだ。

 お前は私の依頼を達成させるために全財産を惜しむ事なく使い、Eの補助魔法を受けてまで全力で応えようとしてくれていたな」


 ん!?い、いかん、このままでは話がまたAの気持ちを受け止めるかどうかという話になりそうだ。

 せこい男だと思われても仕方がない、話をそらさなければ!


「な、なるほど!?そんな理由があったのですね!ではその、試験も終わり俺の気持ちが伝わったかと思いますけど、薪代は返して頂けるんですか?」

「そうだな、通常なら使用した代金分返すが、あれ程のまとまった金を渡すのはせっかくの誠意に応えて無いような気がするんだ」

「んん?いや、そんなことないですよ?」


 俺の所持金は鉄銭1100円だけだ、薪代を払う時に自腹を覚悟してはいたが、返して貰えるならそれに越したことは無い。


「まぁ話を聞け。それで私はBBの誠意に応えるために薪代の変わりに良いものをやろうと思う、手を出してみろ」

「は、はぁ…」


 返金は無しか…、金目の物なら良いんだが。


 手のひらをAに向けて差し出すと、Aは両手で俺の手を包み込むようにして何かを乗せた。下から覗き込むようなAの上目遣いにドギマギし、手を離されるまでがやたら長く感じられる。


 ふと大学時代の一場面が脳裏をよぎった。

『あぁ!駄目ですよ先輩!小銭のお釣りが出るようにお会計しないと!メイド喫茶の良さが損なわれます!』


 あの時は何を言ってるのか良く分らなかったが、あれはこういう事だったんだな…。


「これが私からの褒美だ」

「な、なんですかこれ」


 自然な笑顔で伝えられた言葉に動揺し声が上ずる。

 手の中には500円玉くらいの【青石】が1つ乗せられていた。


「A姉様、流石ですね。こんなに早く作成されたのですか」


 片付けを終えたEが戻ってきたようで、俺の手のひらを覗いて呟く。


「ああ、二日前に取れたコアで鮮度が良かった。昨日形成されたばかりという事も魔力がすぐに馴染んだ理由だと思う、手伝ってくれてありがとう」

「いいえ!A姉様の力あってこそです!」


 キラキラと星が見えそうな瞳でEはAを見つめている。


「あの、ところで、これは何なのでしょうか?」

「BBはこれも知らないのか、これは魔石だ」

「魔石?何に使うものなのですか?売れば良いのでしょうか?」

「A姉様からのプレゼントを売る⁉聞き捨てなりませんね」


 視線だけで人を殺せそうなEの視線が刺さる。そういえば話の流れから二人合作の手作りの品だったな…。


「い、いえ!薪代の話の流れだったので金に困った時に売るとかそいう話かと思ってしまいまして。も、もちろん家宝にしますよ!」

「E、許してやれ。BBの所持金は確か鉄銭1枚だったんじゃないか?不安にもなるだろう」

「さすがA姉様!分かりました!」

「BB、確かにこれを売れば大金が手に入るぞ。金貨20枚20万円程だ」

「ななな!?薪代そんなにしてませんよ!!」

「だから言っただろう、褒美だと。奉公人は衣食住が保証される事を忘れたか?それに私の許可なくここから立ち去れば異端者となり追われる、まとまった金など必要ないだろう?それでその魔石をやるんだ」

「いやいや!?気持ちは嬉しいですけど、金額が高すぎますよ!こんな貴重な物受け取れませんよ!?それで、魔石って何なんですか?」

「まぁ黙って受け取れ。魔石は魔力が込められた魔導具だ。これには水の魔力が宿っている。そうだな、ちょっとそれを持ってついてこい」

「は、はい」

「A姉様、指導なさるなら私はこれで失礼しますね」

「助かったよE。色々とその…」

「妹なら当然です」

「それでも、ありがとう」

「どういたしまして」


 微笑みあう二人、Aの意外な一面を見た気がした。 


「よし、では行くぞBB」

「は、はい!」


 俺はEに会釈し、外に出ていくAを追った。



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