第27話 洗礼名

「私の洗礼名はアメインAmain、意味は全身の力を込めて、力いっぱいにという事らしい」


 Aが洗礼名を名乗った途端、周囲の気配が一転した。Aの身体は神々しい光りを放ち、暗闇に包まれていた室内が隅々まで見渡せる程だ。


「こ、これは!?」

「BB、お前は持てる力以上の働きをして私にその気概きがいを見せた、重症を負うまで懸命に尽くす姿勢には感服させられた。一糸まとわぬ姿で全てをさらけ出し私に向き合った事も」

「は、裸だったのは不慮の事故で…」


 俺の両頬に優しく添えられたAの手は俺の動揺する視線さえ逃げる事を許さない。

 金髪白衣姿で光を放っているAはまるで天使のようで、その笑顔は慈悲深い心からの笑顔に見える。

 今まで見たことの無い魅力的なAの姿がそこにはあるが、何故か冷や汗が背中を伝った。


「恥ずかしてく有耶無耶にしたくなる気持ちは分かる。私もあの時はつい驚いて殴ってしまった、その点に着いては詫びよう。骨折させてしまい悪かった、許して欲しい」

「…骨折してたんですね、起きたら異常が無かったんで気付きませんでしたよ」

「信じて貰えないかも知れないが、お前を傷つけてしまったのは私の本意では無いんだ。この抑えられ無かった衝動を悩み、私は神と話す事にした」

「いや、自然な反応だと思いますよ、悪いのは全裸だった俺ですから」

「BBは優しいのだな」


 微笑みと共にAが両頬に手をやったまま近づいてくる。この展開はまさか…。


「それで、私はお前の気持ちに応える為に私の全てをお前に見せようと思う、…受け止めてくれるか?」


 これはどっちなんだ、今までの事からして全力の戦闘が濃厚なんじゃないのか…。

 こんな若い娘とどうにかなるのは【好色】の性質を持つベルフェ様の世界ならあるのかも知れないが世間はこれを許すまい、しかしこれを断ると俺は無事でいられるのか?


 この返答には命がかかっている気がする。


 …ごくり。


 唾を飲み込む音がやたら鮮明に聞こえる。

 

「A姉様!」


 教会の入口から慌てたEらしき声があがる。

 なんとかこのチャンスを活かさなければ…。


「Eか、邪魔をしないで欲しい」

「いいえ!見過ごすわけいきません!

 その男のどこが良いのですか!?

 出会ってまだ一日ですよ!?

 しかも父親くらいの年齢ですよ!?」


 Eの評価が良く分かる。確かに全くその通りだ。


「奉仕に命を懸けるようなところが良い、年齢や時間は重要な事ではない」

「いえ、重要な事です!

 もっと相手の事を知るべきです!

 少なくとも妹の私は認めるわけにはいきません!

 それにA姉様を受け止めるのは私の役目です!」

「そこまで言うなら試してみようか。BB、少し待っていろ」


 両頬を開放され視界の自由が戻った。

 慌ててEの方を確認するとAから発せられる神々しい光がEの頬を伝う汗を照らしていた。

 Eの力は俺を簡単に殴り飛ばせる程だというのに余裕の無い表情をしている。


「姉様の目を覚まして見せます!」


 Eはメイスを左手に持ち、右手は胸の前で十字を切り何やら詠唱を始めた。聞き覚えのある詠唱に俺は咄嗟に二人の間に割って入る。


「ふ、二人とも待って下さい!」


 Eはおそらく狂戦士化の魔法を唱えようとしていた。化け物じみた金色と赤色の衝突は破壊という未来しか見えず、そんな姿は見たくない。


師匠マスター!姉妹で争うのはやめましょう!」

「本気には本気で応えなければ失礼というものだ」

「その結果傷つく事になるかもしれませんよ!」

「魔法で治せば良い」


 重症も魔法で簡単に治せるという認識が色んな感覚を狂わせてしまっている。


「魔法で治せないものがあります!」

「死ぬ前に治療すれば治せる、安心しろ」

「身体の問題ではないです!

 目に見え無いものを失いますよ!」

「…何を失うんだ?」

「信頼とか」

「とか?」

「き、絆とか?」

「とか?」

「あ、愛…愛です!愛を失います!」


 場に沈黙が走る、短い時間が永遠に感じられた。


「………全く、恥ずかしい奴だ」

「お姉様に同意見です」 

「恥ずかしい」


 Eの後ろからOがひょっこり顔を出し、一言呟いて去って行った。


「O姉様も心配して見に来てたんですよ?

 もう少し時間をかけてBBさんの事を知ってみても良いと思います」

「はぁ…」


 Aは深いため息をつきガックリと肩を落とした。

神々しい光は徐々に消えていき、教会は再び暗闇に包まれる。


「わかったよE。もう少し先にする、私の負けだ」

「A姉様!分かってくれると信じてました!」


 Eは特別な感情をAに抱いているのだろう、頬を染めて喜んでいる。


「BB、すまないが褒美はまた今度…にしよう。Eは私の事になると特に心配性になる…みたいなんだ、許してやって欲しい」

「い、いえ!再考頂きありがとうございます!」

「そういえば、朝食はとったか?私はまだ…なんだ」

「俺もまだです」

「E、すまないが私とBBに食事を用意してくれないか?」

「分かりました!では用意しておきますので姉様は着替えてからいらして下さい」


 Eは言うが早いか早々に食堂へ向かった。


「着替えてくる、食堂で集合…しよう」

「は、はい師匠マスター!」


 緊張が解けたのか、俺の腹が大きく鳴った。


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