第26話 聖堂

 マーザと別れてから教会へ向かう途中、太陽が雲に入り薄暗くなった。些細な事だがこの先の出来事を暗示しているかのように思え、自然と口が歪み空腹の胃がキリキリ痛む。


 Aと出会ってからまだ1日。試験で気絶させられビンタで目覚め、無茶な奉公任務で重症を負ったあげく裸体を見られて気絶させられた。


 Fの言うAの黙秘がどういう気持ちによるものか検討もつかないので漠然とした不安が大きくなっていく。まき集め任務の成果についても言及されるだろう。


師匠マスターAッ!いませんか!」


 教会に着くと玄関が開いていたのでそのまま呼びかけながら入っていく。教会内は明かりがともされておらず、奥に進むほどに暗くなる。


 俺がイメージする教会は祭壇さいだん上部などに設置してあるステンドグラスで色とりどりの美しい光が屋内を照らすイメージだが、残念ながら見当たらない。


師匠マスターAッ!!」


 初めてF神官に出会った信徒席辺りより奥に進むと玄関からの陽光も届きにくいのか闇が濃くなっていく。俺のイメージする暗闇の教会といえば吸血鬼やゾンビが出てきたり、死者蘇生で使用するというようなゲームのイメージが強く、ハッキリ言ってお化け屋敷に近い感覚がある。結婚式などの華やかなイメージより圧倒的にマイナスイメージが強い。


 奥に進むほど視界が悪くなるので自然と歩みが遅くなる。暗闇に素早く対処するためにあえて眼帯でもする必要が今後あるのではないかと本気で悩み始めた。


師匠マスターA、いませんか?」


 暗闇の中で大声を出すのは何故か怖く、つい語りかけるように声が小さくなってしまった。


「BBか、ここにいるぞ」


 暗闇の中からAの声がハッキリと聞こえた。

 FがAは黙秘を続けていると言うからてっきり無視されるかと思ったが、杞憂きゆうだったようだ。


師匠マスター、どちらですか?」

「祭壇の近くだ、こっちに来い」


 暗闇で視界が悪く、り足で前に進むと一条の光が一瞬祭壇を照らした。


「!?」


 祭壇前で床に膝を付いて祈っている人物が見えた。見慣れない白装束だが金髪である事や、他に人影が見られない事からあれがAなのだろう。


師匠マスターですか?」

「そうだ。傷の具合はどうだ?」


 一瞬でも光を見てしまったために慣れてきていた目が再び暗闇に支配され何も見えなくなる。


師匠マスターの回復魔法のおかげで全く問題ありません」

「そうだろうな」


 暗くて何も見えないが、師匠マスターの返事からさも当然といった顔をしている事が容易に想像できる。


師匠マスターは何をされていたのですか?」

「神と話していた」

「な!?まさか、ベルフェ様とですか!?」


 神隠しといった世界に影響する力が使える事が分ってからひょっとしたらコンタクトが取れるのでは無いかと思っていたのだ、もし再び話せるなら色々と話をしたい。


「いや、ベルフェ様はここにはまつられていない。教会までに女神像があっただろう?ベルフェ様はそちらだ」

「あれ?ということは、ベルフェ様以外に神様がいるんですか?」

「あぁ、そうだ。ベルフェ様はこの世界を創造された神で別格の存在だぞ?お前の国はベルフェ様以外の神は居なかったのか?」

「いますけど、ここは聖地にある教会ですよね?」

「そうだ」

「だからベルフェ様を祀られているのかと思ったんですよ。師匠マスターはなんという神様と話をされていたんですか?」

「ヒジリ様だ。神扱いを嫌い、神と呼ばれることを禁止され、代わりの呼び方として提案された聖女様を渋々しぶしぶ受け入れられた方だ。本人は否定されているが、私が知る限り間違い無く神だろう」

「…聖女様が神様ということは、聖女様とお話ができる魔法があるということですか?」

「いや、そんな便利な魔法は聞いたことがない。神と話していたというのは言葉通りではないな。正確には私の心の中にいる神と話していたのだ、私に道を示してくれる」

「なるほど、聖女様はそれほど素晴らしい教えを説いて下さる方なのですね」

「あぁ、私は心からそう思っている。私に洗礼名まで授けて下さったのだから」 

「洗礼名?」

「異国出身では分からないか。聖女様は世界を救う目的のため26人に特別な力を授けられた。私はそのうちの一人に過ぎないが、洗礼名とは神に選ばれた印し、特別なものなのだ」

「それで俺は殴られてた訳ですか」

「そういうことだ」

「大変失礼な事をしていた事を理解しました」


 それ程の思い入れがあるからこれまで過剰な反応をされていたのか、少しは理解できなくもない。


「それでだBB、私は昨日の事でお前に褒美ほうびを与えようと思う」

「褒美!?てっきり幻滅されたものかと」

「いや、私の想像を超えていたよ」

「あ、ありがとうございます!」


 良かった、第一印象はなんとか良いものにできたか。


「褒美だが」


 再び目が暗闇に慣れてきたのか、うっすらと白い人影が近づいてくるのが見えた。


「じっとしていろ」

「は、はい!」


 両頬が硬い何かに優しく包まれる。


「な?!」


 感触に驚くと同時に再び一条の光が差し込み、Aの顔が眼前にある事、両手で頬を触られている事に気付く。


「私の洗礼名はAmainアメイン、意味は全身の力を込めて、力いっぱいにという事らしい」


 初めて見る満面の笑みと恐ろしい覇気が、俺を襲った―――







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