第25話 宿舎探索

 Eから受け取った衣服の中からシャツを身につける。続いて少し悩んだがノーパンでズボンを履きベルトを通した。


 ポケットの中に入れていた貨幣入れの布袋も洗濯されたのか、鉄銭1枚100円入った状態で畳まれたズボンの間に紛れていた。


 更に革靴に突っ込んでいたはずの黒の靴下まで洗われていたので、臭いは大丈夫だったのだろうかと思いながらも綺麗な衣服に改めて感動を覚える。


「Eさんが洗ってくれたのだろうか?それとも他の奉公人が?」


 靴を履くときにベッドの下を確認すると木製の箱があった。奉公人に与えられた収納スペースだと思うが、これだけなら不便極まりない気がする。


 俺は他の奉公人の気配を探るべく、室内を見渡す。俺が寝ていたベッドは部屋のドアを開けると目前にあるベッドだった。人の出入りの事から考えても一番落ち着かない場所だろう。


 部屋から一番離れたベッド付近には窓があるのか、うっすらと漏れ出した光で明るい。ガラス窓なら部屋全体が明るかったと思うが、この世界ではまだガラスを見ていない。あかりを付けずともなんとか見えるのでおそらく天気が良い朝か午後あたりだろうか。夜や雨の日などはあかりをがなければ屋内は真っ暗で何も見えない可能性がある。


 奉公人の部屋はAから軽く案内された程度でしっかりと確認していなかったが、ベッドが2列で4台ずつ並んでいる窮屈な部屋だ。私物を収納できそうな家具は特になく、どのベッドも綺麗に整えられて生活感が無い。


 ゲームの世界なら手当たり次第調べて金目の物は全て手に入れるが、残念ながらこれが俺の現実世界だから気軽にリセットできないので悪事はやめておく。印象は良いに越した事が無い。使用していたベッドを他のベッドのようにひとまず片付ける。


「なんだろう、学生時代に経験した林間学校を思い出すな。帰るときは来た時よりも綺麗にだったか…」


 俺は一通り整えてからAを探しはじめた。まずは奉公人部屋向いのキッチンを覗くが誰もいない。


「飯ってどうなってるんだろうか…」


 保証されているはずの飯が無いのは俺が目覚めたタイミングが悪かったのか?そもそも朝食の文化が無い可能性もあるか…。


 一抹の不安を覚えるが問に応えてくれる者もいないので次へ向かう。1階には居なかったのでAの個室がある2階の可能性に思い当たるが、2階にあがる事は禁止されているため2階に向けて呼びかけてみる。


師匠マスターAッ!いませんか!」


 返事は無い。宿舎にいないとなると警備任務を行っているのだろうか、そうなれば外にいる事になるのだが、どの辺りにいるのか全く検討かつかないので困る。


師匠マスターAッ!いませんか!」

「少しお待ち下さい」

「あ、はい!」


 何やら聞いたことのない声が階段の上から返ってきた。


「お待たせしました、今そちらに降ります」


 紺色の貫頭衣かんとういに紺色のズボン、紺色のフードを被った年配の女性が降りてくる。


 この世界で紺色を着れるという事はお偉いさんかもしれない、あわてて姿勢を正した。


「初めまして、私はこの教会の運営を任せられているマーザです」

「こ、これは挨拶が遅れまして申し訳ありません!

昨日師匠マスターAの奉公人になりましたBBと申します」


 いやいや、運営者!?

 Fがここのトップだと思ってたぞ!


「そうかしこまらなくて良いですよ」


 マーザはほがらかに笑ってみせる。


「いや、そういう訳にも…。申し訳ないのですが、奉公人になったばかりで教会について無知なのです。ここではマーザ様が一番上位であるという認識で良いでしょうか?」

「そうですね、役割としてはそういう事になっています」


 これは一度聞いておかないと組織で活動するには不都合すぎるぞ…。


「宜しければF神官長や師匠マスターA、その姉妹についても教えて頂けると助かるのですが」

「そうですね、簡単にお話しましょう。私はこの【始まりの町アーク】にある教会の運営、主に孤児達の教育や世話、資金の管理を行っています。

 そしてF神官長はここに派遣された武官です。主に布教や治安維持全般を担い、AOE姉妹とその奉公人を統括します。私からF神官長に要請はできますが、必ずそれが通るものではありません」

「な、なるほど…?同じ教会の中でも部署が違うので完全な部下ではないという感じでしょうか?」

「どちらかと言うと対等に近い形ですね、緊急時にはF神官長の指揮下に入る事にもなります。ただ、それぞれ得意な役割で仕えているのでどちらが上位といった感覚はお互いの間には特にないのです」

「大変参考になります、ありがとうございます。それで勝手ばかり言って申し訳ないのですが、師匠マスターAは2階にいますでしょうか?業務に付きたいのですが見当たらなくて」

「Aなら教会の方にいると思います」

「わかりました、お時間を頂きありがとうございました!今後ともご指導ご鞭撻べんたつの程、宜しくお願い致します!」

「はい。神のご加護があらんことを」

「それでは失礼致します!」


 俺は深く頭を下げ、Aを探しに教会へ急いだ。

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