第19話 薪


 ブリテンに薪250束と荷車の代金を支払った俺はユリハカの店舗裏に案内された。


「こちらの荷車をお使い下さい」


 ブリテンは馬がひくような大きな荷車ではなく、人が使う小さめの荷車を示した。


 荷台と薪束の大きさから大まかに縦4束、横6束積めると予想して計算してみる。

 

縦4束×横6束=24束 

250束÷24束=約11往復


二段積みの場合は48束 

250束÷48束=約6往復


 当たり前だが普通に木製の荷車だ。

 ゴムタイヤではないので積みすぎると身動ができなくなるだろう。そもそも力にそれ程の自信もない。となると、約11往復必要なわけか…


「ありがとうございます。それで、恥ずかしながらたぶん11往復程すると思うので薪の受け渡しが面倒になるかと思いますが宜しくお願いします」

「…わかりました。

 では薪の受け渡しは先程のカウンターで行いましょうか。少しでも教会に近い方が楽でしょうから。

 最後の荷車返却時はここに来てもらう感じでどうですか?」


 ブリテンの気遣いに涙腺が緩む。

 意外と良い人だったんだな。


「ありがとうございます、助かります」

「いえいえ、これも商売のうちですから。

 BB様は値段の計算や荷車の往復数をすぐに計算されますし、少し汚れてはいますが見事なお召し物を身に着けておられます。

 今は奉公人と言う話ですが、実は凄い方に違いないと私は思うのです」

「はは、買いかぶりすぎですよ」

「そこです、普通なら威張り散らして強制的に徴収するような貴族などとは違う謙虚さ。何か理由があって出自などはお話にならないのだと私にでも察する事はできます。ですので、こちらと致しましても今後とも是非ご贔屓にお願いします」

「…こちらこそ、宜しくお願いします」


 そこまで言うなら運搬を全て手伝って貰いたいが薪を値切った時に教会関係者の証明を求めれている。手伝いをこちらから願い出でれば俺の出自なりを話す必要があるという事を暗に言っているのだろう。恩を売り金になる情報を得ようとするブリテンは完璧な商人だ。


 俺のブリテンへの認識は良い人認定から、抜け目がない商人にたちまち変わった。


「ではカウンターでお会いしましょう、薪を用意しておきます」

「わかりました、では」


 俺は空の荷車を店舗正面に向け引き始めた。

持ち手は汚れた布が巻かれており、ささくれた木が刺さる心配は無さそうだ。しかし、空だというのになかなか重い、これから始まる重労働に俺は早くも目眩がした。




 カウンターで薪を受け取るため荷車を引く。中央広場を横切り『ユリハカ』前に移動する際に水場にいたシトロが俺に気付いて近付いてきた。


「BBの旦那、薪は手に入りそうですかい?」

「シトロさん、先程は教えて頂きありがとうございます。目標数には足りませんがある程度の薪は用意できそうです」

「道理で、浮かない顔をしてると思いやしてね。先に話した森の話ですが、少し話しやしょうか?」

「そうですね、お願いします」

「森に行くにはある程度の集団で行く必要がありやす。たいした魔物や賊がいるわけじゃありやせんが、一人で行くとまず狙われまさぁ。旦那は高級な服を着てるのに丸腰ですからね、浮浪者が二三人集まればちょいちょいっとヤられまさぁ」

「服だけで狙われるんですか?」

「そりゃ、誘拐して身代金なり、身包み剥がして奴隷なりでさぁ」

「なるほど…」

「そもそも、襲われなくても集団じゃないと大した量の薪を手に入れられやせんぜ?

 馬と荷車、木こりに護衛、一般人なら最低でも15人は欲しい。斡旋所ギルドに依頼して魔法なりスキルを使える者を雇うなら少数でも行けると思いやすがね、それだと割りに合わない額がかかりまさぁ」

「恥ずかしながら、そんなに大変だとは思いませんでした」

「大変って事は無いんですがね、一人ではちょっとって話なんで。それにもしかしてご存知ないのかもしれないんでこれも言っときやすが、木から薪を作るには乾かす作業で割と日にちが必要ですぜ?」

「あぁ!確かに!!」


 転移前は趣味でソロキャンをしていたので多少の知識はあったのだがすっかり忘れていた。確か薪の形に割ってから半年は乾かす必要があったはずだ。

 乾いてない生木は火付けが悪く、炊事で使うのは不便極まりないだろう。薪割りの意識が先行しすぎて斧の発想が先にきてしまったが、重要な事を忘れていた。


「それで旦那、もし助けが必要なら幾らか人足を貸しやしょうか?」

「シトロさん、お気持ちは大変嬉しいのですが奉仕任務の内容を私は勘違いをしていたのかもしれません。シトロさんには薪の場所や情報を沢山頂いていますのでそれで十分ですよ。いずれまたお礼に参ります」

「旦那がそういうなら良いんですがね。また何かあったら協力しやすぜ。それじゃあっしはこれで」


 シトロと別れて俺は軽く思考を巡らす。


 Aは俺が気絶していた時に俺の所持金を見ている。そして、薪の調達を任務とした。

 最低限Aの背丈程の薪を日没までに集めるというのはこの所持金を見ての判断なのだろう。

 薪の量に応じて評価してやると言っていた事と、東屋の大きさからつい勘違いしたが、東屋の床面積一杯の薪の量ではなく、Aの等身大程の薪の量が任務だったと考えると資金が足りなかった理由に説明がつく。


 Aにとって俺は初の奉公人。

 初めての奉仕任務で普通に考えてそんな無茶を頼むだろうか?徐々に難しくなっていくのが一般的だ。やはり6束程の薪束を想定していた任務に違いない。そう自分に言い聞かせ不安を減らした。


 俺の確認不足がまた仇となった気がするが仕方がない、今はブリテンから薪を受け取りひとまず運ぼう。



 ブリテンから薪を受け取り荷台に積む、想定通り荷台には24束積むことができたが、この荷台に積む作業だけで店と荷台を12往復する。


 地味にしんどい。


 体感ではこの1往復で1分程だろうか、荷台に積むだけで12分、これが残り約10回。

 つまり、120分?そんなばかな…嘘だろ?荷降ろしは東屋と荷台の距離を近くすればたぶん5分でいけるか?となると60分?合計180分?


 日没までの猶予は4時間から6時間ではないかと予想している。つまり運搬を1時間から3時間で済ませる必要がある。11往復なので、いやいやいやいや!考えたくない!!とにかくもうこれは身体を動かそう、無駄な時間は命取りだ。今日中に運搬できなければ荷台の追加料金もかかってしまう。

 

 とにかく俺は一回目の運搬を急ぐ事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る