第18話 大人買い


 

 シトロに教えて貰った雑貨屋の前に立つ。


【ユリハカ†揺り籠から墓場まで†】


 正面の看板には幅広い商品を取り扱っている事を連想させる店名が書かれている。


 銀貨7枚 銅貨16枚 鉄銭1枚――――――――――861,00円――――――――――


 さて、この資金でどれだけの事がやれるか。


 斡旋所ギルドにもあった自在扉スイングドアを抜けて店内に入るとやはり大きな開閉音が響き、店の奥から声を掛けられた。


「いらっしゃいませぇ、只今参ります」


 声の主は見えないが男の声だ。

 サービス業にありがちな独特の発音は商売人としてベテランである事を容易に連想させる。

 

 店内はかなり狭く、入ってすぐに両壁を繋ぐ腰高のカウンターがありその奥へは進めない。

 まるでケーキ屋かドーナツ屋のような造りなので、店員に注文して物を買うシステムなのだろう。


「初めてのお客様ですね。

 私はユリハカ店主のブリテンと申します。

 何をお求めでしょう?」


 奥からワイシャツを着た中年男性が姿を表した。この世界で初めて見るワイシャツは上下ともに質感が麻っぽい。灰色のズボンも履いており俺の事をクエンが商人だと思ったのも頷ける姿をしていた。


「はじめまして、奉公人のBBと申します。こちらで薪を売っていると聞いたのですが」

「奉公人!?あ、いや、失礼しました。どちらかの名のある商会の方かと思いまして。薪をお持ちしますのでそちらに座ってお待ち下さい」


 ブリテンはカウンター前に置かれている椅子を手の平で示すと店の奥に消えていった。遠慮無く座らせてもらう。


 しかし興味深い、商人からは俺の服装認識は名のある商会関係者となるようだ。


「お待たせ致しました、こちらの薪の束で鉄銭3枚――300円――となります」

「ふむ…」


 荒縄でまとめられた薪の束はホームセンターにあるような一束の量で、6〜9本を纏められている。

 任務達成に必要な軽トラック1台分の数量を大まかに考えてみる…


横8束×縦16束×高さ3束=384束


 ざっとこのくらいだろう。しかしまぁ、俺の力では片手に1束ずつしか持てない薪の束が384束も必要なのか。軽トラック1台分というイメージよりも、だいたいの目星を着けた数字で理解すると正直やる気が全く無くなるくらいの仕事量だと理解できた。


 次は肝心の値段を計算する。


384束×300円=115,200円


費用115,200円−予算86,100円=不足29,100円


 まじか、全く足りないぞ…

 稼ぐ手段がまだないので数日分のトイレ紙代は確保しておきたかったんだが…

 

 仕事量に対して時間と資金が全く足りない、Aはこの仕事の困難さを理解しているのか?


 …ええい、愚痴っても仕方がない!

 こうなりゃヤケだ!

 まずはハッタリかまして値切ってみるか!

 その金額を基準に方針を練ろう。

 駄目なら他の作戦だ。


「私は狂剣の使い手である神官Aの奉公人です。

 初の奉公人にして初の奉仕任務が薪の調達なのですが、その辺の考慮と今後のお付き合いを踏まえて薪500束の提供を希望します」

「ご、500!?も、申し訳ありません、BB様!?

 それ程の在庫はございません!!」


 ブリテンは目を白黒させ明らかに動揺している、奉公人からこんな脅迫じみた注文は普通無いだろうから気持ちは良く分かる。


「では在庫の数を教えて頂きたいのですが」

「し、少々お待ち下さい」


 俺は平静を装っているが、内心かなり焦ってきている。金が足りないというのもヤバイが、一番困るのは在庫が無いという事だ。

 Aという虎の威を借りて無理矢理にでも値切ろうと思ったが、物が無いなら単に印象が悪くしただけで終わってしまう。それだけは避けたい。


 奉仕任務の失敗は部外者のシトロからしても許されないものだと認識されている。失敗すると明らかに処罰があるのだろう。

 店に来るまでは最低でも日々のトイレ紙を諦めて全財産使い切れば薪の調達はなんとかなるだろうと思っていたが、完全に見当違いだ。


 作戦を考え直そう。

 このままでは初の奉仕任務、失敗の可能性大だ。


①当初の予定、斧

 斧があれば木を切って薪の生産が可能だ。

 薪を売る事で今後の資金調達の目処も立つ。

 問題は円形広場は整理されていて木が無い。

 シトロの話から、薪調達の基本認識としては川を越えた山でするという感じだ。その場合は距離の問題と勝手に木を切っても良いのか確認が必要となる。


②限られた時間

 時計がないので全くわからないが、日が沈むまでがタイムリミットだ。晩飯に間に合う必要があるので早ければ早い方が良いだろう。

 現在の時刻は当てずっぽうだが昼前後だろう。

 残り4時間〜6時間と考えておく。


③最低Aの背丈程の薪の量が必要

 足りない金は俺の服を売ればなんとかなるかもしれないが、そもそも金があっても在庫が無い。


④助けを呼ぶ?

 シトロかクエンに助力を願うか、ウワバミを頼る方法もあるか?何にせよ俺の力だけでは384束を揃える事は不可能だろう。

 具体的な薪の数字は指示されていないので積み方を工夫すればAの背丈程に積み上げられるかもしれない。


⑤逃げる?

 いっそ異端者にされる覚悟で逃げてしまうのはどうだ、他の街までの情報に食料、あとは馬か。

 馬には乗ったことが無いが、なんとかなるか?

 いや、そもそもモンスターの存在を忘れていた、スライムしかまだ見たことはないが、戦闘に特化してない俺は簡単に死ぬだろう。

 やはり教会から魔法を教えて貰う必要がある。


「おまたせ致しました、250束ならご用意できそうです」

「値段はどうなりますか?」

「今後のお付き合いを考えてお安くさせてもらいたいところですが、教会関係者だと証明できる物は何かありますか?」


 あー。完全に忘れてた。


「無いですね、ただ、この必死な顔を見て欲しい」


 ブリテンを睨む。

 必死の形相が伝わってくれる事を願う。

 ブリテンが素早く目を逸らした、ふ、勝ったな。


「も、申し訳ありませんがそれでは安くする事はできません」


 ですよね。


「確かに、証明できる物も持たずに無理難題を言ってすみませんでした」

「いえ、必死なのは伝わりましたよ。値段を下げることはできませんが、BB様の事を信じて値段を上げずに販売しましょう」

「というと?銀貨7枚と銅貨5枚――――75,000円――――ですか?」


 値段を上げずに?普通の事じゃないのか?


「そうです、通常売れれば売れるほど販売価格を上げますが、今回はそれを無しにしましょう」


 なるほど、大量注文だから安くなるのではなく、品薄になるから値段を吊り上げていくのか…。

 Aの奉公人という話をしていなければ250束も手に入らなかった可能性がでてきた。

 

 携帯電話ですぐに物の相場が分からないという事はなんと不自由な事だろう。

 仮にブリテンの提案を断り他の安い薪を探したり丸太から入手するような情報収集に時間を費やしていれば、他の客に購入され250束より手に入る量が減る可能性もある。


 不確かな調達方法を今から模索する時間はどう考えてもないだろう。軽トラック1台分の丸太を用意し、それを運搬、薪に変える体力。仮にチェーンソーがあったとしても用意できる自信はない。


 時間が経つほどに物量減少の確率は上がる。周辺住民には悪いがこの店の薪の買い占めを優先させてもらおう。目標より少ないが仕方がない。


「わかりました、ご好意に感謝します」

「運搬はどうされますか?」

「荷車か何かお借りできませんか?

 自分で運びたいと思います」

「では担保として銀貨1枚――10,000円――をお願いします。

 本日中の返却なら銅貨1枚――1,000円――でお貸しできます」

「わかりました、そちらでお願いします」

「ありがとうございます。

 合計、銀貨8枚――80,000円――銅貨6枚――6,000円――相当のお支払いとなります」


 ええいままよ!!

 どこの世界でもカネ!カネ!カネだよ!!

 

 俺は小袋から銀貨7枚――70,000円――銅貨16枚――16,000円――を取り出しブリテンに渡した。


 手持ちに残ったのはまさかの鉄銭1枚――100円――だった…。

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