第20話 OE


⁺能力上昇


 運搬を開始してから頻繁に脳裏をよぎっている。

 おそらく筋力、ゲームで例えるとSTRが上昇しているのだろう。


⁺能力上昇


 荷台がからでも重かった荷車は薪を積むと本当に馬鹿みたいに重くなり、初めの一歩は体当たりをするように全身を使い無理矢理動かした。歩みを少しでも緩めると二度と荷車を動かす事ができない自信がある。俺は能力が上昇する事を心の支えに牛歩の歩みを続ける。


「クソッ!もう少しくらい文明発展しとけ!」


 荷車を引いて改めて不便さに気付く。

 なんだ、何でこんなに重い?車輪、軸受、車軸、俺の知識はミニ四駆を組み立てた事があるくらいのしょぼい知識だが、摩擦が発生する場所に潤滑油を塗る必要があるのか?いや、そもそんな構造をしてるかすら怪しい。

 ええい!今更考えても仕方がない!何かを工夫して改善するような時間はもう無いんだ。今あるものでなんとかしないと。


 ユリハカからの運搬をシトロに手伝ってもらう選択肢もあった。しかし、あまり借りを作っておきたくないという気持ちが先行した結果、酷く辛い思いをしている。使える手段は後先考えずに使うべきだったのかもしれない。


「そもそも、なんで俺はもっと実用的な能力を頼まなかったんだ…」


 異世界転移、転生といえばチート無双だろ?

 そうじゃない話もあるが、自分で恩寵おんちょうを選べたんだからチートハーレムで人生やり直せたんじゃ?例えばスーパーマンみたいな身体能力と、異性からモテモテになる力に振り分けたらそれで良かったんじゃないのか?


 あまりの辛さにまともな思考は停止し、逃避ばかりが脳裏をよぎる。これではいけない、そもそも俺はベルフェ様の悲願のためにこの恩寵を選んだのだ、弱音は厳禁だ。目的を見失うな。


 何か、何かないか?

 剣と魔法の世界なんだ。

 …魔法?………魔法だ!!

 Aが使っていた身体能力が向上する魔法!

 あれをかけてもらうしかない!


 魔法をかけて貰うという解決策を見出したためか、気分が若干ましになり足取りも軽くなった気がする。


⁺能力上昇



 肩で息をしながら薪置場である東屋あずまやに到着するとAはいなかった。ユリハカから東屋まで体感で30分かそれ以上かかった気がする。おそらく通常の5倍くらいではないだろうか?


 時間の事を考えたくないないが、日没までに運ぶのはどう考えてもこのペースでは無理だ。


 それに毛穴という毛穴から汗が吹き出しシャツもズボンもピタピタでかなり気持ち悪い。


「…よっこらせ」


 やっと1回目の荷降ろしが終わった。

 達成不可能な目標にいささか気持ちが開き直ってきており、このままでは全てが台無しになる。手の甲で額の汗を拭うと、疲労から薪束に腰掛けそうになった。

 

 …駄目だ駄目だ!

 少しでも座ったらもう立てないぞ!?

 とにかくなんでも良い、行動しよう。


 周囲を見てもAは見当たらない、今夜の食事で薪を使うならその分だけでも台所に持って行くか?

 多少時間のロスだがAが見つかれば奉仕任務の再確認ができるし、何より補助魔法をお願いできるかもしれない。


 奉仕任務の正確な内容次第ではブリテンに追加料金を払って日にちを分けて薪を運んだら良い、とにかく確認だ。


 俺の心は既にポッキリと折れていた。


「しかし、こんな汗だくの格好で女子に会うのは抵抗があるな」


 たとえ相手があのAだとしても気になるところだ。年頃の娘を持つ父親はこんな気持ちになるのかもしれないな。


 くだらない事をボヤキながら両手に薪束を1つずつ持って歩いていると、突然身体が軽くなってきた。


全能力小上昇!オールステータスリトルアップ

 

 なんだなんだ??

 身体が白い光に包まれている?

 もしやこれは辻支援ツジシエン!?

 支援職が問答無用に支援魔法をかけてまわるゲームの造語だが、地獄に仏とはこのことだ。

 

 ここは教会の敷地なのでさして珍しくもないのかも知れないが、人生初の補助魔法に感動を覚えつつ周囲を見渡す。


 誰もいない。


「まさか…俺が魔法を?」

「ううん?ワタシの魔法」


!?


「おぢさん、Aお姉ちゃんの奉公人らしいね」


!?


「あの、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「後ろだよ」


!?


 慌てて後ろを振り向くが人影はない。


「もしかして、俺には見えなかったりします?」


 返事がない。


パキ


 音をする方を見るとオカッパでポンチョ姿の少女が枝を踏んで固まっていた。


「見られた」

「あ、ありがとう!」


 少女は俺の方見ることなく、足早に教会の方へ消えていった。

 たぶんあの少女はベルフェ像にお祈りをしていた子だ。Aの事をお姉ちゃんと言っていたが、妹なのだろうか?


 ええい、答えが出ない事を考えても仕方がない!詮索は後回しだ!


 とにかく、あの子に補助魔法をかけてもらったのだろう。Aの妹なら支援魔法が使えても不思議ではない。効果があるうちに少しでも作業を終わらせよう!



 教会と宿舎前に薪をげて到着する。

教会の扉も宿舎の扉も開いていないが、奉公人となった今は遠慮なく宿舎の扉を開けて台所へ向かった。


師匠マスター!いませんかー?」


 台所には誰の姿も無い。


師匠マスター!とりあえず薪持って来ましたよ!」


 やはり返事は無い。

 台所を出て2階に向けて声をかけてみる。


「どなかたいらっしゃいませんか〜?」


トン


 左肩に何かが軽く乗った。確認しようと顔を向けると頬に冷たくて硬い何かがあたり、驚きのあまり身体が固まる。さっきの少女といい、簡単に背後を取られている。


「動かないで下さい、何者ですか?」


 冷静な女の声だ、場慣れしているのだろうか?

 対する俺は緊張のあまり声が上擦る。


「ま、師匠マスターAの奉公人となりましたBBと申します、薪を届けに参りました」

「A姉様の奉公人?

 A姉様には奉公人はいないはずです」

「ほ、本日試験に合格したところです。奉公人初日ですが、薪集めの奉仕任務についています」

「普通合格してすぐに奉仕任務なんてします?

 合格したならまず顔合わせとかありますよね?」

「顔合わせは出会った時で問題ないと師匠マスターAが言っておりました」

「A姉様ならありえる話ですね…。

 それなら、そのかかってる補助魔法は何ですか?

 魔法が使えるのに奉公人に志願したのですか?」

「ここに来る途中でオカッパでポンチョ姿の少女から魔法をかけられました。俺は魔法を使えません。武力を求めて奉公人に志願しました」

「A姉様にはピッタリな奉公人ではありますね。

 それと、オカッパの少女ですか。

 どうやらその魔法はオーネエサマがかけたみたいですね」


 オーネエサマ?

 いや、Aから考えてO姉様か。

 俺の背後に居るのは、O少女の妹という事だな。


「事情は分かりました、こちらを向くことを許可します」


 頬に触れていた武器がどけられた。


 Aは15歳。その妹のOは小学生くらいに見えたんだが、それより更に若い娘に俺は背後を取られていたのか。先程のOは背丈が低くて見つけるのが困難だった。つまり、目線は下だな。


!?


 視線の先には巨乳があった。黒修道服の上からでも分かる豊かな胸、おそらくEはあるのではないか?そういえばこの世界の下着ってどうなってるんだろう?気がつくとよこしまな心が飛び出していた。


「いー」

「あれ?どちらかでお会いしま………」


メキメキ


 次の瞬間俺は顔に強烈な痛みを覚え、床に転がっていた。

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