第11話 朝立ち ◇Day 2



「…知らない天井だ」


 年甲斐もなくノスタルジックな気分で目覚めると、年甲斐もなく大きなテントを張っていた。


「あ〜、いつぶりだ、面倒だな」


 とにかく刺激を与えないに限る。再び目を瞑る。

 シュカンの生々しい記憶が鮮烈に蘇ってきた。


…駄目だ、起きよう。


「いてててて。

 ベッドがあるのに床で寝てるとか、ホント」


 薄明かりの中、ベッドに手をかけ立ち上がる。

 時間は分からないが人の行き交う音が響く。

 窓ガラスの無い木窓を開けて新鮮な空気と陽射しを取り込むと、街の玄関口にあたる街道が見えた。


 城塞都市という訳ではないが、聖地巡礼されるような街だけあってそれなりに人馬の流れがある。


 新たなスタートを屋根がある場所から始められる幸運に感謝しかない。本当に酷く長い一日だった。


「しかし、クエンの女じゃ無ければなぁ」


 深いため息をつく。クエンの女と寝るという事は情報が全て筒抜けとなるだけでなく、最悪の場合はシュカンに骨抜きにされてクエンの部下に成り下がる可能性が高い。


 特に今はこの世界に来たばかりで不安も多い、一度でも主を得て環境に落ちついてしまえばその生活から抜け出す気力が沸くだろうか?

 それこそ神の性質が【怠惰】なのだ、ベルフェの頼みである世界平和を模索する事を少しでも放棄すれば個人の小さな幸せに満足してしまうだろう。


 そうなると次の勇者がやってきた時、その勇者の方向性次第では敵対する可能性もありえる。また、既に10年前から働いている先輩勇者の皆さんと比べて恥じない程度の力はつけておきたい。

 仮に勇者の誰かがゴールに均衡を取り戻し世界の王となった時、俺が穏やかに過ごせるくらいには。


 考えれば考える程に気持ちが萎え、テントは自然と畳まれた。


「とりあえず飯にするか」


 今はとりあえず飯と言える、この最高の幸福をまず味わおう。


      ◇


 一階の酒場に降りると客は少なかった。


「起きたか、ウワバミのお連れさん」

「おはようございます」

「昨夜の宿賃はクエン様から貰ってるぞ。しかし、シュカンちゃんに相手をしてもらえるとは羨ましいねぇ」

「あ、やっぱり人気なんですか?」

「人気かって?そりゃ、この街一番の美人でおまけに器量良しときた。人気過ぎて今じゃ殆ど客を取ってないんだよ。あんなに早く満足するとはやはり相当に凄いんだろ?はぁ、羨ましい」

「いやあ、情けない限りです」


 昨夜の失態は男には不名誉限りない、早く話題を変えよう。


「ところでこの街は初めてなんですが、料金がいくらか教えてもらえませんか?」

「宿なら一泊『銅貨』3枚、女を連れ込むなら6枚だ。自慢のシチューは『鉄銭』6枚、エールは5枚にパンは3枚だ。今日の宿と朝飯はどうする?」

「とりあえずシチューとパンをお願いします」


 小袋から銅貨1枚を取り出して大将に渡した。


「席で待ってな、すぐ持ってく」

 

 俺が適当な席に座るとすぐに大将がお釣りの鉄銭1枚と一緒に配膳してくれた。なるほど、これが鉄銭というものか、銀貨、銅貨と違い中心に穴がある。おそらくこの穴に紐を通して管理するのだろう。


「いただきます」


   !!


 昨夜の晩御飯と同じシチューとパンだが、昨夜と違ってシチューもパンも冷たい。どうやら昨日の残り物か、作り置きみたいだ。


「幸福ではあるんだ、幸福では」


 オーブントースターもレンジも無い世界だ。何時でも温かい飯が食えるわけがない。


それにしても味付けがやはり薄い、コンソメを効かすとか黒胡椒をかけるとか、そもそも塩を足すとか、なんとかならないのだろうか。

昨日の感動は無くなり不満が募る。不満を考え始めると風呂に入りたいだの、着替えたいだの快適な生活を更に求めてしまう。少しでも余裕をもってしまった俺の貪欲さだ。


 何か他の事を考えながら食べよう、味に集中するのは辛い。


「そういえば…」


 昨夜は急に意識が無くなったが意識がなくなる前に何かが頭の片隅をよぎったような。


 状態固定解除、だったか?


 解毒を使用した時は発動条件がよく分からず、更に発動した反動でしばらく身動きが取れなくなってしまった。

 昨夜気を失った原因も知らぬ間に発動していた状態固定のせいではないか?

 思い当たる事としては、大きくならなかったムスコと激痛、ジャンプしても音の鳴らなかった通貨だ。


 神技については早々に自分の意思で使えるようにしておくべきだろう。


 物は試しだ、俺は食べていたパンを2つに割くと面を合わせて元の形に戻す。

 

 腕を組み意識を集中。


 状態固定‼


 少し念じたあとにパンを持ち上げると、やはり片方しか持ち上がらなかった。


「うーん…失敗だ」


 俺の持っている知識では魔法といえば詠唱が必要だったり、無詠唱だったりする。

念力ねんりきなど超能力は気を高めれば使える。あとはなんだろう、魔法陣や文句を唱えながら手で印を結んだり?まぁこのあたりが創作の世界のよくみる設定だ。


 俺は解毒も状態固定も言葉を発していないので、意識を集中させればなんとかなるのかと予想したのだが…。


 もしかしたら単純に俺の力不足でパンが接着される力が無かっただけかもしれない。俺はパンを両手で持つと、面がしっかり合わさるようにして固定を意識する。


▼状態固定


 能力が成長・上昇した時にわかるのと似た感覚で状態固定が頭の中で響いた。


「お、おお」


 パンから手が離れない…。ええい、解除だ解除!


▼状態固定 解除


 軽く眩暈めまいを覚える。もしかして発動条件に身体との接触があるのではないか?そういえばベルフェも『やっと繋がった』とか言ってたような…。


 試しに人差し指とパンを接触させる。


▼状態固定


「おぉ」


 軽く振り回してもパンは指から離れない。


▼状態固定 解除


 軽く頭痛がしてきた。昨日の今日で疲労が残っていると考えるべきか。

宿屋に泊まると全回復みたいな事はなさそうだ。


⁺能力上昇

⁺能力成長


 なるほど、なんとなく神技についての仕組みは分かった。


 しかしベルフェ様、本当に腕を繋げてくれてありがとうございます。俺は能力の真相が分かり、心の中でむせび泣いた。

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