第12話 早すぎる再開



 朝食を済ませた俺は昨晩クエンから教えてもらった斡旋所ギルドを目指して街へと繰り出す事にした。


 すぐ行動を起こしたのはしばらく生活できるだけの金がある事で【怠惰】になる事を恐れたからだ。金はあればある程に心の余裕を生む、この世界で旅行しているような錯覚に陥らないよう気を引き締めるには無職なのに金を持つ今の状態を変える必要がある。


「まずこの世界で生活できる力を身に着ける。それも世界を旅する事ができるような力を身につけなければならない、当然金も必要になる。世界の均衡を取り戻すというベルフェ様からの依頼を達成するには何もかもが足りない。まずは生活するための職を探そう」 


 ベルフェ像のある円形広場が巡礼スポットと考えた場合、街の玄関口にある宿屋からクエンと出会った水場までがたぶんメイン通りだろう。


 広場周辺は店が建ち並び、店舗の看板から取り扱っている商品をある程度想像できた。


 武器、防具、日用雑貨、食料品そして斡旋所ギルド、この街の建物でおそらくこの斡旋所ギルドが一番大きいのではないだろうか、宿屋の倍ほどありそうで多くの馬が繋がれている。


「何か買うにしてもまずは仕事次第だろうな」


 今ある資金で仮に武具が買えたとしても何の心得もないので満足に扱えない。まずは仕事がどんなものか確認し、それにあった準備をしよう。


 西部劇の酒場にあるような木製の自在扉スイングドアを抜けて斡旋所ギルドの中に入る。思ったより大きな開閉音が発生し、自然と先客の視線を集めてしまう。


 斡旋所ギルドの中は酒場と似たような間取りで酒場と違うのは壁に掲示板のような物がある事だろうか、何やら文字が書かれた物が吊られている。


「お、BBじゃないか、奇遇だな」

「ウワバミさん、昨日はごちそうさまでした」

「いいってことよ、それはそうと昨日はお楽しみだったんだろう?どうだった?街一番の娘は」

「いやぁ、何もできず仕舞で、あはは」

「スライムの幸運もそこまで続かなかったか…」

「俺にはもったいない人ですよ」

「まぁ、そういうことにしておくか。酒のせいで役に立たなくなることは良くある話だ、あんまり気にするな」


 大将もそうだったが、ひどく優しい顔をする。昨日の件で俺の男としての評判はガタ落ちだな。


「ところで仕事を探しに来たのか?」

「そうです、ウワバミさんは?」

「俺は依頼の報告をして帰るところだ、簡単に説明しとくか?」

「すみません、よろしくお願いします」

「まぁどこも同じだとは思うが、掲示板の場所はあそこだ」


 先程目に入った壁の掲示板をウワバミは指さした。


「あの掲示板に吊るされている板に書かれた依頼を選んだら受付の嬢ちゃんに持っていくだけだ、あとは嬢ちゃんが説明してくれる」

「なるほど」

「ま、これだけの話だ。俺はまだ仕事が残ってるから行くが、仕事の内容次第でまた合うこともあるだろう。その時はサービスしてやるから気を落とさずにな、そのうち良いことも巡ってくるさ」


 背中に軽い励ましの一撃を貰い、ガハハと笑いながらウワバミは斡旋所ギルドから出ていった。


「最近では見かけるのがレアなタイプだなぁ」


 まぁ、こっちの世界じゃセクハラ、パワハラ、モラハラ、ハラハラなんか気にしないだろうしな。


 気を取り直して掲示板に吊るされた依頼を見ていく。依頼内容は板か木の皮を剥いだ物に文字が書かれており、端に荒縄が結われている。

 掲示板に無数に打ち込まれた釘に荒縄をひっかけて吊るしている様はまるで神社の絵馬のようだ。


 この世界で紙をまだ見てないのであるのかすらわからないが、あったとしても高級品なのだろう。トイレの事が急に心配になってきた。


「しかし、文字が読めて本当に助かるな、書ける気はしないが」


 ミミズが這ったような文字を見れば脳内で自然と日本語化されるようで、依頼を端から見ていく。


・害獣駆除

・アイテム収集

・雑用の手伝い

・警護任務

・占拠された砦の攻略

・パーティー募集(サポーター・回復職)

・土木工事作業

・店舗スタッフ募集


「なんだか滅茶苦茶な配列だな、使いにくいしとんでもない依頼もあるんだが」


 斡旋所ギルド内に人はいるが受付とその周辺にあるテーブルでおそらく商談をしているものばかりで掲示板を見ているのは俺一人だった。

 依頼の数の割にそれをこなす人手が足りないのか、割にあわない仕事が残っているのか。


 依頼をあらかた読み終えたあたりで依頼文の最後にどれも焼印がある共通点に気付いた。おそらく依頼が受理されると押されるのだろう。

 焼印に注意して見ていくと焼印には種類があることがわかった。どの依頼にも焼印が3つある、なにかの分類だろうと思い周囲に誰も居ないことを良いことに勝手に依頼を並べ替えていくことにした。


 左端の焼印はどれも同じ模様。真ん中の焼印は4種類の模様。右端の焼印は5種類の英字S.A.B.C.Dだった。


「これはまさか、ギルドは勇者が導入…?」

「なるほど、かなり見やすくなったね」


 気が付くとシュカンが隣にが立っていた。


「え、シュカンさん!?」


 予想外の人物に声が裏返ってしまう。


「不審者がいるって受付が話してるの聞いてね、見てみたらBBだったのよ。私の知人だって紹介しておいたから安心して」

「え、すみません、ご配慮ありがとうございます。でもなんでシュカンさんがここに?それにその格好」


 シュカンは昨夜の扇情的なドレス姿ではなく清楚なワンピースを着ていた、しかも質が良くて染色もされている。これはこれで魅力的というかファンタジーの実感が湧くというか。シュカンくらいの稼ぎになると衣装にも金をかけれるのだなと変な関心の仕方をする。


 昨夜の事が脳裏をかすめ、頬があつい。


▼状態固定


 恥ずかしながら念には念を入れておく。


「欲しい物があって依頼しに来てたの、あのドレスじゃなくて残念だった?」

「いえ、十分に魅力的です、むしろこちらのほうが好みです」

「さすがね、女の扱いを良く知ってる」

「いえいえ、事実ですので」

「クエンが、一目置くのがよくわかるわ。ところで仕事は見つかりそう?」

「恥ずかしながら普通の商人でしたので、どうもやれそうな仕事が少ない気がします。この街には専門職を育成する施設みたいなのはあるんですか?」

「残念だけどもっと大きな街にしか無いと思うわ。でも、教会なら何とかなるかもしれないわね」

「教会ですか?」

「ベルフェ様の像があるのは知ってるのよね?あの奥にある建物よ。教会は色んな活動のために無償の奉公人ほうこうにんをいつも求めてるわ。活動をするのに必要な修行はつけてくれるから、小さな街や村ではまずは教会に行って基礎を覚えるの」

「なるほど、ありがとうございます」

「昨日サービスできなかったお詫びよ」

「あはは、そ、それじゃあちょっと教会に行ってみます、ありがとうございました!」


 シュカンの色香いろかに惑わされぬうちに俺は逃げるようにその場を去った。


「そういえばBB、勇者とか言ってたかしら?…まさかね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る