第6話 遭遇

 


 街の顔役、クエンと別れてから教えられた道を辿り川へ向かう。

 途中何人かとすれ違ったが、明らかに避けられている感じが視線からよく伝わってきた。これ以上警戒させないために、もらったパンの食べ歩きは我慢して道を急ぐ。

 クエンが身なりを整えて来たら話を聞くと言った意味が身にしみてわかった。


 さっさと顔を洗ってしまおう。


 川辺に近づくにつれ街の全貌が見えてくる。

 街は川に沿って広がっており、遠くに橋もあるようだ。

 平原を流れる川は水量豊かでゆるやかに流れている。

 川幅は50m程度か?水深は分からないが水質は透き通っており底が見える。

 向こう岸まで泳げるかも知れないと思えてくる程に綺麗だ。


 のどかな風景に思える。


「住めば都…か」


 美しい水面を見ながらふと思った。黒パンを食べるのが先か、顔を洗うのが先か。

黒パンは軽く叩いても凹みさえせずに弾いてくるような防御力最高のパンだ、おそらく長期保存が効くのだろう。

 しかし、明らかに水分気がなく無理して食べれば口の中を切るかもしれないし、喉が渇くに違いない。飲み物も一緒に欲しい所だがコップさえない。


 とりあえず顔とシャツを洗ってからパンを食べるか? しかしその場合パンを置く場所がない、むき出しのパンを地面に置く勇気はなかった。


 あー、駄目だ駄目だ。早くこの世界に慣れないと。


 黒パンを川の水に浸して食べる、そう決意した。パンを半分に割ろうとしても硬くて割れず、仕方なくそのまま水に浸そうと水面にパンを近づけた。


ちゃぷん


!?


 パンは水に浸る前に水面から伸びた何かに包まれはじめ、俺は慌ててをパンを手放した。


 ネバネバしたそれは黒パンを盛り上がった体内深くに取り込み、くるくる回転させながらゆっくりと水面を移動する。


「え、これって、スライム?え?まじかッ!?」


 黒パンが回転しながら分解されていくと、そのスライムは見る見る全体的に黒くなってきている。食べて安全なのかと思える色だ。


「トウちゃン!ココにイタヨ!」

「ヨクヤッタ!良く見つけタ!」


 水面から勢いよく二人?飛び出してきた。


「ウワ、トウちゃン!!

 屍食鬼グールだ、屍食鬼グールもいるよ!!」

ムスコ娘娘よ、あれはヒトダ、ヨクミロ」


 大きい方が頬を膨らませはじめた。

 え、喋る蛙⁉

 怖ッ!!テラテラしている!!


ビューッ!!!!


「ホントダ!!サスがトウちゃン!」


 蛙の口から勢いよく放たれた水は俺の全身をぬらした。避ける暇もなく放水の勢いでたじろぐ。


「ヒト族の者ヨ、下がって見ていロ」


 大きい方の蛙が水面から上がってくる。前のめりな歩き方の割に俺よりでかく、手には背丈を越える鋼色をした六角棒が握られていた。重量を感じられる棒で、恐らく俺では持てないだろう。更に金属の胸当てと革の腰巻まで装備している。


「あ、あぁ」


 返事をするのが精一杯だ。

 逃げるように蛙とスライムから距離を取る。


「ダイジョぶ、ヒト。トウちゃンは強イ」


 いつのまにか隣に小さい方の蛙がいた。

 ヒト型の蛙が二人、小さい方は小盾バックラーとぶかぶかの兜をつけている。どちらも金属製のようだ。更に革製の鞄を背負っている。


「そ、そうなのか?」

「ヨく見テ」


 大蛙は黒みがかったスライムと対峙している。


「ハハ、ヒトよ、パンを取られたナ、これは楽ダ」


 大蛙は槍投げをするような姿勢を取り、素早くスライムに棒を投げつけた。


キュゥゥゥゥゥ!!


 六角棒はスライムを貫通、激しい音とともに水中に突き刺さる。


「待ってロ、取ってクル」

「え、スライムは」

「ヨく、見てみロ」


 スライムは先ほどまで盛り上がっていた部分が無くなり平らになっている。

 全く動く気配もない。


「オマエのパンのオカゲで、かくガ丸見えダッタナ」

「か、核?」


 隣の小蛙が腕組みしつつ『良くやった』と言うような態度で話しかけてきた。

 俺の腰辺りの背丈なので上目遣いだ。この蛙、本当は美少女なんだ、とか脳内変換でもしないと状況整理が追いつかない。せめて亜人との遭遇なら猫耳とかが定番じゃないのか。


「急所ダ、ソコは色が変ワラ無い」

「な、なるほど」


 良く見ると全体的に黒くなっているスライムだが、棒が貫通している付近は透明感が残っている。


「何カ食べてル時が狙い目、オマエが食われてたら赤スライムダッタ」


 ケロケロ笑う姿とは対象的に、話してる内容は酷い。


「ナカナカの大物ダ」


 ビシャビシャ音をたてながら大蛙が戻ってきた。左手は腰に当て、右手は肩に載せた六角棒のバランスを取っている。六角棒には布団大の黒っぽい半透明スライムが核を貫かれた状態で吊り下げられている。


「ヒトよ、スライム、初めてカ?」

「あ、ああ。実際に見たのは初めてだ」


 蛙人間を見たのも初めてなんだが…。

 そう思っていると小蛙が誇らしげに話してくる。


「オマエ、運が良かっタ。スライム、イつも見えなイ、危険モンスター。

 ソレニとてモ貴重ダ。数も少なク、良い素材手に入る。」

「そ、素材?何が取れるんだ?」

「皮膜・体液・核・アト体内に取り込んでル何カ。

 ホラ、色が変わっテキタ」


 黒っぽいスライムは吊り下げられている事で水気が抜けているらしく、半透明だった場所は白身がかってきた。体の大半が水分という事なのだろうか。またよく見ると俺の取られたパンは既に地面に落ちていた。細かい破片も散らばっている。


 小蛙は背負っていた鞄をおろし、中から出刃包丁のような物を取り出した。


「良く見てロ」


 出刃包丁で吊るされたスライムの白身を縦に割いていく。


 ガシャガシャという想像しなかった音を響かせ何かが地面に落ちる。また急激な異臭が鼻を突く。恐らく胃酸か何か、消化する臓器と思われる。すかさず大蛙が少量の放水を行いアイテムを洗い流した。


「サスガ大物ダ、コレ程捕食していたカ」


 腐食した小剣、斧、盾、コイン、指輪が地面に落ちている。消化の遅い金属が体内に残っていたという事だろうか。


「残念ホトンド、ゴミ」


 小蛙はコインと指輪を鞄に入れ、包丁もしまった。


「ヒトよ、パンの礼がしたイ、一緒に来るカ?」

「ど、どこに行くんだ?」

「素材屋だ、丁度すグそこにあル」

「わ、分かった付いていこう」

「ソコのゴミも良かったラ持ってイケ、安いが売れるゾ」

「持ってケ、持ってケ」

「あ、あぁ」


 俺は蛙達の言われるままに従った。


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