第1章 第2節 右往左往

第5話 始まりの街アーク ◇Day1



 ベルフェ像のある円形広場から大通りへと向かった。


 石畳を歩くたびに俺の革靴が喜びの音を響かせる。


 10年前は巨石門から外に出る事なく襲撃された。

 あの頃はこの先に人がいる事なんて想像さえ出来なかった。

 草原の中の遺跡くらいにしか認識できなかったこの場所は、ベルフェの送った勇者により確実に復興へと歩み始めている。


 遠目で見た人馬が往来している復興への認識は距離を縮めた事により確信に変わる。人々はチュニックのような丈が長めの上着を着ている。下は同じ色の布で様々な長さのズボン、スカートもあるようだ。染料が貴重なのかまだ分からないが、見た限り派手な衣服を身に着けている人はいない。基本的に布は本来の色なのだろう、革や毛皮で作られたであろう服も見られる。


 街並みが近づくにつれんだ空気に様々な匂いが混じってきた。旨そうな食べ物の匂い、牧場のような匂い、土埃。巨石の門まで続いていた石畳が終点を迎える。なるほど、だから土埃か。街の大通りは時代劇や西部劇の街のように土の地面だ。また街自体も木造家屋が多い印象でレンガ等の石造りの家は見当たらない。

 通りの中央辺りには馬の水飲み場らしき場所がある。ちょっとした噴水と勘違いしそうな石造りのものだ、これが共有だとしたら街の整備が行き届いているのだろう。


 巨石の門にもたれながら興味深く街を観察していると、ある店舗先に繋がれた馬がドサドサっとフンをした。


「あぁ、これはもう認めるしかない」


 牧場の匂いのもとはこれだろう、圧倒的な情報量にこれは事を認めるしかなかった。


 腹をくくるか、まず人々の服装や家屋などから情報を整理する。電子機械はこの街には存在しないと思われる、電気という概念がいねんが無い可能性もある。

 

 人力と馬力の時代だ、魔法の存在は今のところは見当たらない。

 複数の魔法使いがほうきで空を飛んでいる事も無い。

 武器を持った警備や騎士の存在も見当たらない、田舎なのかもしれないのでこの辺は何とも言えない。

 

 人々の顔立ちは様々だが、アジア人という印象はない。どちらかというと西洋人に近いのかもしれない。背丈もたぶん俺の背丈178cmくらいだろう。アジア人でこのくらいの時代なら平均160cm程だ。


 腕組みしながらそんな風に今後の方針を考えていると口が寂しくなる。癖でシャツの胸ポケットに手をやるが、煙草は持っていなかった。


 あー、全部あの吹き飛ばされた鞄の中だった。


 思い出してイラつきを覚える。紛れもなく中毒だ。中毒といえばカフェイン、この世界にあるのか?目覚めのコーヒーは、無いのか?まずこの世界で探すものはその辺りなんじゃないだろうか。今までの食生活が全く通じないのだ。


 酒はたぶんあるだろう、どんな異世界にも酒場はあるはず。眉間のしわが考えを巡らせる度に深くなる。


 あー、、なんて世界に転送してくれたんだ。


 限りなく深く絶望した。


▼解毒 <ニコチン・カフェイン>


「ンアッ⁉」


 驚愕きょうがくして目を見開き思わず声をあげてしまった。

 挙動きょどうの怪しさから視線を感じたが、すぐそれも消える。


 スキルの付与を認識したように、頭でスキルの実行を認識した。

 途端、足に力が入らなくなりその場にへたりこんだ。


 再び周囲からの視線を受ける。


 発動条件が結局よくわからないが、たぶん深く念じた事が切欠で解毒スキルを発動させたのだろう。急激な体への負荷でそう判断する。


 しかしこれはキツい、解毒なら普通に考えて身体が軽くなるだろうに。

 先ほどまで覚えていた中毒症状によるイラつきは確かに消えた。

 ただし、酷く体力の消耗を感じる、実際足に力が入らなくなり座り込んでいる。


 この現象を自分に分かりやすく整理するためにゲーム的に考えてみる。


 体力=HPヒットポイント魔法力=MPマジックポイント必殺技回数=SPスキルポイント

 

 このようなポイントがあったとし、ポイントを消費して発動できると仮定する。

 ポイントが不足すると使用不可か、他のポイントを代用して使用できる可能性。

 

 『解毒』は魔法っぽくないのでスキルだろうか、SPが足りないのに無理やりスキルを使った事でSPの代わりにHPを使って『解毒』を実行した?


 スキルとそれらの関係性は未だによくわからない。ただ異世界に来て初めて使用したであろうスキル“解毒“、これにより俺は今身動きが取れなくなった。これはスキルの使い方を誤ればだ。


 身体が硬直して身動きができない今、何者かに襲われれば抵抗できずに終わる。そんな死に方はしたくない。なんとか動かないかと意識を集中する。


⁺能力上昇

⁺能力成長 


「‼」


 頭の中で能力の『上昇』と『成長』を認識する。

 これは例えるならレベルが上がった、というような事だろうか。

 ただし何がどのくらい『上昇』なのか、『成長』なのかわからない。


 俺の恩寵おんちょうは3つ。


①取得経験値上昇

②能力限界値突破

③オーバースキル


 これらから察するに、『能力上昇』は『筋力』や『体力』みたいなステータスで恐らく減少もするのではないだろうか。『能力成長』はスキルの成長で『熟練度』みたいな事だろうか?とりあえず今はそう仮定する。


 ここまで考えを巡らせてやっと身体が動くようになった。体感では10分程だろうか。


 もぞもぞと身体を動かし、何食わぬ顔で衣服に付着した土埃を払いながら立ち上がる。他人への関心がそこまで無いようで助かった。

 まあ俺が逆の立場なら血の跡がハッキリついてる行き倒れを好き好んで構いたくはない。身なりから絶対面倒がついて回るとわかるものだ。


 『解毒』の作用からか徐々に体が軽くなってきた気がする。恐らくニコチンが体内から消えた事による反応だろう。

 コーヒーが飲みたい、煙草が吸いたいという衝動についてはあまり変わらない気がする。身体が欲しているというか脳の記憶から欲しているような、身体の毒は払えても精神的な中毒は解毒できてはいないようだ。


『グゥゥゥゥ』


 大きな腹の音が鳴り響き再び数人の視線を集めた。


 …ひとまず、情報の整理はこのくらいでいいだろう。これ以上見ていても得られるものはたぶんない、そろそろ街の中に入るとしよう。


 俺はまず中央にある馬用の水場を目指した。ちょっと水を拝借して顔だけでも洗っておきたい。


 水場には先客が2人と2頭いた、馬主と思われる男2人は何かを喋っている。

 彼らを横目に水場へ着く、なかなか綺麗な水だ、中央から水が沸いている気配もある、これはどうなってるんだ?と感心しつつ、汚れた手を水につけようとした。


「ちょっとちょっと旦那、水が汚れるからそれは無しですぜ」

「あぁ、気持ちは分かるが、毒でも入ったらコトだ。

 顔を洗ったり衣服を洗いたいなら少し先に川がある。そこで洗ってはくれないか?」


 男たちは話を止めて慌てて話しかけてきた。

 どうやら横目で見ていたのは俺だけではないらしい。


「これは…スミマセン。挨拶もせずに、考えも足りませんでした」


 ふと我に返り頭を下げた。挨拶は基本中の基本。施設の使用許可確認も基本だ。冷静に異世界を受け入れようと対処しているつもりだが、こんな基本もできないとは相当まいっているのだろう。


「いやいや旦那、その漆黒のズボンと漆黒の靴から只者じゃないってのは分かるんですがね、こっちにも生活があるんで頼みますぜ」


 色黒の上半身裸男から思ったより優しい言葉が返ってきた。


「見た事ない顔だが、その返り血から察するとアークに辿り着く前に野盗か獣にでも襲われた商会の方か?この街に頼る所がもし無ければ顔と衣服を洗ってからまたここに戻ってくるといい、その時なら改めて話を聞こう」


 俺の気が触れてない事がわかって相手も安心したのだろうか、確かにこんな格好では警戒されるのは無理もない。


「お心遣いありがとうございます、とりあえず川に行こうと思います。

 教えて頂きありがとうございました」 


 会釈してから男が指さす方向へ向かう。悪い人たちでなくて助かった。


「あー、待ちな。

 これでも食べながら向かうといい」


 そう言って身なりの良い男は俺が振り向いたタイミングで何かを放り投げてきた。

慌てて拳大こぶしだいの黒い何かを受け取る。表面が硬く黒いが、これは多分パンだ。


「何から何まで本当にすみません。

 もし良ければお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「あー、俺はこの辺りの顔役のクエンだ」

「ありがとうございます、ではまた改めて」


 俺は深くお辞儀をして川へ向かった。パンは本当にありがたい。しかし異世界最初に話が通じた相手が顔役だとは。とりあえず今は無礼が無いに限る。

 

 俺はあえて名乗らずにその場を去った。


―――――――

――――

――


「兄者よ、なんでパンを恵んでやったんで?」

「お前も見て分かったんだろう?

 あいつは薄汚れてるが元の身なりは良かったはずだ。

 どこかのお偉いさんならあれだけで相当な恩が売れる。

 普段関われない人種にあんなパンで恩が売れるんだ、安いもんだろ」

「へぇ~、さすが兄者だぜ」

「名前を聞きそびれたが、まぁあんな状態じゃ頭も回らんのだろう」

「死人の顔でしたからねぇ」

「あぁ、最近見かけないグールのたぐいかと思ったくらいだ」

「ハハッ、ちげえねぇ」


――

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