第27話

「初デートの記念にプレゼントは……世間一般でも普通なのでしょうか?」


 困惑して尋ねると「そうだね。普通かな」と返ってきた。


 なるほど。初めて記念は通常のおねだりの範囲外なのだろうか。男女のお付き合いは奥が深い。


「あ、それとこっちは築地界隈で美味しいって評判のどら焼き」


 航平さんが続けてもう一つ、ショップバッグをわたしに渡した。


「ど……ら焼き……ですか?」


 やはりそこはブレないらしい。わたしは小さく首を傾けた。


「前に好きだって言ってたから」


「ええと。誰がでしょう?」


「美咲ちゃんが」


 航平さんが衝撃発言をした。


 わたし、そんなこと言ったことあったっけ。疑問符が頭の周りを飛び交った。


「ずいぶん前だけど、和菓子が、どら焼き好きですって」


「……すみません、いつのことでしょうか……?」


 どうしても思い出せず、わたしは白旗を振った。


「何度目かに日比谷のオフィスに行ったとき、お礼を言われた。更科課長と一緒に。あー、もしかして俺、勘違いしていた?」


「い、いえ。好きか嫌いかと言われましたら、好きです。たぶん。普通に。ドラ〇もん並みに好きかと問われましたら、そこまででは、と言いますか……」


「……そっか。俺はとんだ空回りをしていたわけか……」


 航平さんがどこか哀愁を帯びた声を出した。


「も、もしかして。これまでしつこいくらいにどら焼きを買っていらしたのは……」


「しつこいくらいには思っていたんだね……。ごめん、美咲ちゃんが好きだって言っていたから、ちょっとでも俺のことを覚えてもらいたくて」


「え……とっ……」


 どうしよう。どら焼きの忽那さんって二つ名の原因はわたしだ。ごめんなさい。わたしは心の中で盛大に謝った。


「訪問先の女性社員の言動をいちいち覚えてくださってて、その、ありがとうございます。あの、どら焼き美味しいですよね」


「俺は美咲ちゃんの話した言葉だから覚えていたんだよ」


「お……気遣いありがとう……ございます」


 さらりと言われた言葉が意味深すぎて、返す声が掠れてしまった。他意はない。そう自分に必死に言い聞かせるのに、どうしてだろう胸の奥がふわふわしてしまう。


「今度は美咲ちゃんが本当に好きなものを買うよ。これからはあんまり日比谷に行けなくなるし。プライベートで会うときの楽しみにしておいて」


「え、それって……」


「プロジェクトから外れるってことではないんだけど、もっと部下に任せろって上からも言われてね。俺としても美咲ちゃんが手に入ったから、もう少し日比谷へ行く頻度を下げようかと」


 横並びで歩いていると、いつの間にか航平さんがわたしの手を絡め取っていた。


 いよいよデートが始まるのだと思うと、カァッと頰に熱が集まってくる。恥ずかしくって隣を直視できない。


 こんなことで一日持つのかな、わたしの心臓。


 ドキドキしているのはわたしだけなのか、航平さんは道すがらの店を眺めつつ話題を振ってくれた。


 一歩路地を入ると、小さな商店が左右に軒を連ねている。驚いたことに海産物以外の商品も多く売られている。近年は外国人観光客にも人気のようで、耳に届く声の半分くらいが外国語という不思議。


「寿司を食べ終わったら、この辺りを散策しようか」


「そうですね。あ、つくだ煮美味しそう」


 緊張していたはずなのに、初めての場所は物珍しくてはしゃいでしまう。


 どうやら航平さんは寿司店への道のりを頭に入れてきたらしい。手を繫いでいることもあって、わたしはすっかり安心して目線をあちこちに飛ばしてしまう。


「わ。もう並んでる」


 たどり着いた寿司店は開店前なのにすでに数組待機している。


「もっと涼しくなってきたら行列も伸びそうだね」


 確かにこれから過ごしやすい季節になれば人出も増えそうだ。


「よかったら、どうぞ」


 わたしが用意してきたペットボトルを取り出すと、航平さんも同じように冷えたそれを荷物から取り出した。なんと保冷材も持ってきているとのこと。用意周到さに、二人で笑い合った。


 幸運なことに、わたしたちは開店一巡目の客として店内に入ることができた。通されたのはカウンター席だ。


 一番人気の、にぎりのセットを注文してしばらく経つと、マグロやウニ、イクラといった定番からコハダやカンパチなど、旬のネタがのった寿司下駄が「お待ちどう」という声と共にカウンターに置かれた。

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