第24話

「ちょっと。え、ちょっと待って。真野さん、一体どういうことよ?」


 このネタは見逃せない、と小湊さんが会話に割り込んできた。


「ええと……」


「あ、もしかしてこの間の飲み会のあとに何かあった? それともその前から?」


 小湊さんは嬉々とした声を出した。

 鋭い……というか、まさに前半部分その通りです。


「ちょっと。ただでさえ忽那さんと飲み会とか羨ましいのに、そこで忽那さん引っかけるとかずるいんですけどー!」


 小湊さんの推測に鈴木さんが間髪いれずに少し不貞腐れた声を出す。


「そもそも、鈴木さんて忽那さんのこと、本気だったの?」


「わ、わたしは別に……本命というには年が離れていますけど。ま、まあでも、一応は四葉不動産の社員サマだし? 向こうから誘ってくれるなら、応じるのもやぶさかではないというか。向こうがどうしてもって言うなら、ねえ」


 鈴木さんはふわふわの髪の毛を指でくるくるともてあそびながら微妙に上目線な言葉を吐いた。


 それを聞いた小湊さんの目が少しだけ据わった。


「今はわたしのことはいいんです! それよりも、真野さんと忽那さんの関係。この間から妙に垢ぬけたのって、結局のところ忽那さんと付き合い始めたからってことですよね?」


「へっ?」


「へ、じゃないです。なんか、今まで野暮ったかったのに、急に髪の毛切ったり染めたり。今日の服だって、新作スカートですよね。わたし、この間、インスタで見ましたよ」


 うわ、鋭い。さすがは真野ファッションチェックをやっているだけのことはある。


 わたしは思わず頰を引きつらせた。


「そういえば、そうだよね。真野さん髪型変えて可愛くなったもんね。今日の服装も可愛い。あ、もしかして今日もデート?」


「まさか!」


「プライベートで忽那さんと会うとかずるすぎ」


「ずるくないでしょ。真野さんは忽那さんと付き合っているんだから。うわー、おめでたい! よし、今度飲みに行こう。おねーさんになれそめから全部話しなさい。メンバー集めておくから、女子会しようね」


 小湊さんの声が弾んだ。彼女の登場はありがたかったのだが、別の意味で戦慄した。これは絶対に全部聞き出そうとするやつだ。


「あーあ。にしても忽那さん、真野さんのどこがよかったんだろう?」


 感情を制御しきれていない鈴木さんの声が心に突き刺さる。彼女はわたしのことを上から下へ値踏みするように視線を移動させていく。


「なあに、その言い方。忽那さんが真野さんと付き合うことの、どこがいけないの?」


「いけないっていうかぁ」


「お互いにいい大人なんだし、忽那さんが真野さんを選ぶのだって普通でしょう。真野さんいい子だし、落ち着いているし。年齢だってちょうどつり合いがとれているし」


 わたしへの反発を隠そうともしない鈴木さんの態度に、小湊さんの声が低くなっていった。


「べ、別に心愛の言葉に深い意味はないんですよ。心愛はちょっと正直すぎるだけで。ほ、ほら真野さんって目に見えて美女ってわけでもないですし。どちらかっていえばナチュラル系? ですし、忽那さんのお相手としてはちょぉっと大人しめというか、意外だなって」


 この場の空気を察したのか、鈴木さんにくっついてきた女子その一が取り繕う。


 けれど彼女の言葉は果たしてわたしへのフォローなのだろうか。微妙にディスられているような気がしなくもない。


「ちょっと、赤石さん」


 藪蛇になった彼女は視線を明後日の方角へ向けた。


「まあまあ、小湊さん。ほら、そろそろお昼休みも終わりますし」


 気が付けば昼休みはもうあと数分で終わる頃合いだ。


「うわ。時間やばいですね」


「席に戻らないと」


 これ幸いにと、鈴木さんのお友達二人が散っていった。


「真野さん、あとで詳しく聞きに来ますからね!」


 鈴木さんはわたしに念押ししてから席へ戻っていった。


 わたしはメールチェックをしながら頭を抱えた。


 まさか、人気者の忽那さんと付き合っていることが即刻職場にバレるとは! わたしの平穏な会社員人生、詰んだ。


 彼に密かに憧れている誰かにいじわるされたらどうしよう。頭の中に少女漫画のベタなシーンがいくつも浮かび上がる。


 青い顔をしながら資料作りをしていると、人けがなくなったタイミングで小湊さんが話しかけてきた。


「そうだ。わたし前に、真野さんに変な噂話を聞かせちゃったよね。忽那さんが遊んでるとかなんとか。あれ、ごめんね。あくまでも噂だし、忽那さんいい人だし何か理由があるんだよ。って、あんな話を聞かせたわたしが言っても説得力ないんだけれど」


 しゅんと肩を落とした小湊さんにわたしは首を横に振った。


「いえ。大丈夫です。面と向かって聞いちゃったら、忽那さんも否定していましたし」


「うわ。聞いちゃったんだ」


「はい。話の流れというか勢いで」


 わたしは顔に苦笑を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る