第15話
初めてのあとは異物を体内に受け入れたせいで違和感が残ると聞いたのか読んだことがあるのか、知識として知っていた。
では一体誰と?
わたしは必死になって昨日の記憶を思い出そうとした。
幸いにも二日酔いはないようで、気分が悪いとか頭が痛いことはないのだけれど、別の意味で頭痛がしてきた。
だって……。
「一次会の途中から……記憶がない」
これは大問題だ。わたしは文字通り頭を抱えた。
飲み会途中から家に帰るくだりまでまったく覚えていないのだ。
お酒を飲みすぎると記憶を失くす人がいることくらいは知っていたけれど、まさか自分がその分類にカテゴライズされるとは思ってもみなかった。
それにしても記憶を失くすの早くない? と心の中でセルフ突っ込みを入れてみる。
そもそも、わたしは自分のお酒の限界を知らなかった。昨日はお酒を飲むごとに楽しくなっていった気がする。
そのせいでつい調子に乗って飲みすぎてしまったようだ。
わたしは引き続き、昨日の記憶を一生懸命ほじくり返した。学生時代テストの解答欄を埋めるときよりも必死だった。
うんうんと唸りつつ、うっすらと何かが引っかかった。
「あれ……? わたし、夢を見ていたような……」
そう、夢を見たのだ。全裸に衝撃を受けてすっかり失念していた。
夢の中に忽那さんが出てきた。それで、何やら仲良くして、会話していた気がする。
あれ? なんの話をしていたんだっけ。少し前までははっきりと覚えていたはずなのに、内容が記憶から溶けていく。
「でも……どうして忽那さんの夢?」
疑問が口から突いて出た。
何か、とんでもないことをやらかした気がする。
どうして、忽那さんが夢の中に登場したのだろう。
「まさか……ね……。まさか忽那さんが相手とか……いやいや」
行き着いた答えを即座にセルフで否定した。
さすがにそれはない。だって、あの忽那さんだ。もしも彼がお持ち帰りをするのならば、もっと他にいるはずだ。よりにもよってわたしを選ぶとか……。ないない。
では一体誰が相手なのだ。と無限ループに差し掛かろうとしていたそのとき、スライド式のドアが開いた。
「っ!」
わたしは音に反応して、慌てて薄い夏用の掛け布団を手繰り寄せた。
素っ裸という事態に動揺しすぎて、下着すら身につけていなかったと悔いてもあとの祭りだ。
「美咲ちゃん、起きた?」
ああ、このまま気絶できたらどんなにいいか。
喉が引きつり、まともに声も出せないまま、わたしは部屋に入ってきた男性を見つめた。
目の前には、正真正銘、四葉不動産の、あの忽那航平さんがいる。
彼は明るい色のシャツにダークグレーのカーゴパンツというカジュアルな格好で佇んでいる。こんなときなのに、彼の私服姿に目を奪われてしまう。
「……ん?」
しばらく呆けたあと、わたしは違和感を覚えた。
今、彼はわたしのことを美咲ちゃんと呼んだような……。
一晩経ってどんな距離感になったんだろう。いや、とっても縮んだのだろうけれど。駄目だ。さっきからセルフ突っ込みばかりだ。
忽那さんがベッドサイドに近付いてきた。彼はわたしの髪の毛に触れた。そこに感覚などないはずなのに、心の内側をそっと撫でられたような気がして、わたしはきゅっと目をつむった。
「体、平気?」
彼の気遣う声に、喉の奥がひゅっと鳴った。
「初めてだって言っていたから、一応加減はしたんだけど……」
初めてってなんですか。加減て一体なんの加減? 答えなどすでに出ているはずなのに、頭の中で再度ぐるぐると質問が回り出す。
しかも忽那さん、今わたしの目じりにちゅっとキスしましたよね。ちょっと待って。一体これはどういう状況なの! わたしは反射的に体を後ろへずらした。
「美咲ちゃん?」
忽那さんが怪訝そうな声を出す。
「え……あ……」
わたしは、はくはくと口を動かした。聞きたいことはたくさんあるのに、わたしの口は声を出す機能を忘れてしまったかのようだ。
「お腹空いているだろう? 本当に簡単なものしかないけれど、朝食作ったんだ。そろそろ起こそうと思って……寝顔も可愛かったよ、美咲ちゃん」
寝顔……。このベッドで一緒に眠っていたのならば、確かに見られたのだろう。
問題は一夜明けて、どうして忽那さんの瞳がこんなにも蕩け切っているのか。
すぐ近くでその顔を見てしまったわたしは、こんなときだというのに無駄に胸を騒がせる。
「あの……ですね。今更なのですが……」
「うん?」
わたしの口がようやくその機能を思い出した。
忽那さんの一連の話とわたしのこの姿。ここから導き出される答えは一つしかない。
わたしの初めてのお相手は、十中八九忽那さん。何をしたのかというと、セのつくアレと答えるしかない。
「昨日の一次会の途中から……記憶なくて……あの。わたし、忽那さんと……その……」
この先を言うには少々時間を要した。
「……しちゃい……ました?」
静まり返っていたため、その声は問題なく忽那さんに届いたようだ。
彼は目を見開き、たっぷり十秒は数えたのち、かすれた声を出す。
「もしかして……何も覚えていない?」
わたしはその問いかけにぎこちなく首を下に動かした。
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