第14話
いや、冷静に考えよう。これは社交辞令に違いない。
話の流れでそういうことになったのだから、突然無表情になられると忽那さんが対応に困ってしまう。
「あはは。やっぱり駄目かな」
わたしが答えに窮していると、忽那さんが笑い声を上げたから、慌てて返事を口に乗せる。
「いえ。大丈夫ですよ。機会があれば」
「それって遠回しに断っているってことだよ、真野さん」
別の男性社員が茶々を入れた。
「そんなことないですよ」
わたしは愛想笑いで乗り切ることにした。
「ほんとう? じゃあ、いつにしようか」
「ええと、忽那さんが忙しくないときで」
ちょうどそのとき店員さんが梅酒のソーダ割りを持ってきてくれた。
助かったとばかりにわたしはごくごくとそれを喉へ流し込む。
今はお酒の力を借りないと駄目かもしれない。
今日の忽那さんはだいぶお酒が入っているのか、飲み会テンションで会話を進めてくる。空気を損なわず対応するために、わたしも少し酔っぱらったほうがいいのかもしれない。
いつもならこのへんでソフトドリンクに切り替えるのだけれど、そういう理由から、わたしは梅酒のソーダ割りを即座に空けてしまった。
「真野さんグラス空だね。次行こうか、次」
「はい。ええと次は──」
別の社員に勧められるまま再びお酒を頼む。
「真野さん、ずいぶんとペース早いけど大丈夫?」
「はい。まったく普通ですよ」
なんだかんだとお酒のグラスを重ねていると、忽那さんが気付かわしげに声を掛けてきた。
確かにいつも以上に飲んでいる自覚はあるけれど、飲みすぎたとか酔っぱらって気持ちが悪いとかそういう変化は何もない。むしろ飲み進めるごとに、楽しい気持ちが増していった。
自分でもびっくりだけれど、どうやらわたしはお酒に強いらしい。というのも、小心者のわたしは実は今日の今日まで、自分のお酒の限界を知らなかったから。酔っぱらってどうにかなるのが怖くて、いつもお酒は二、三杯まででやめていた。
でも、お酒に強いのならば、もう少し飲んでもいいか。
わたしは思いのほか懇親会を楽しんだ。
賑やかだった飲み会を引きずったためか、その日夢の中でも忽那さんが登場した。
夢の中で、わたしは忽那さんととっても仲がよくって、彼の部屋にお泊まりした。
お互いうっすらと汗ばんでいるのに、妙に離れがたくて体をぴたりとくっつけ合っていた。そうするのが自然だと思ったのだ。
「本当に、俺でよかったの?」
しっとりとした声が耳朶をくすぐる。忽那さんは幼い子供を愛おしむように、わたしの頭を何度も優しく撫でていく。
「うん」
何がよかったのか、よく分からないけれど、隣に彼がいることに安心する。
「……順番が逆になっちゃったけど……美咲ちゃん、俺と付き合わない?」
甘さを多分に含む言葉ははちみつをたっぷりかけたパンケーキにクリームと苺とアイスをトッピングしたような魅力溢れるものだった。
「うん」
「ほんとう? いいの、俺で?」
「うん」
夢の中で、わたしは何度も頷いていた。
自分に都合のいいシチュエーションも、夢ならば納得だ。今日はお酒をたくさん飲んだからいつもよりいい感じに見たい夢を見ることができているのかもしれない。
明け方、うっすら覚醒したわたしは少しだけ肌寒さを感じた。
冷房の設定温度が低すぎたのかもしれない。何か掛けるものが欲しいと思っていると、すぐ隣に温かいものを感じて、それにきゅっとしがみついた。
そうすると何かがわたしの髪の毛を優しく梳いた。
まだ夢を見ているのかもしれない。ええと、さっき見ていた夢は……そうそう、忽那さんが出てきたんだった。じゃあ今わたしの髪の毛に触れているのも忽那さん?
今日の夢は大胆だ。でも、まあいいか。夢だし。
髪の毛を梳く感触が気持ちよくて、眠りが深くなっていく。
「ふふっ……」
最後に笑ったのは夢の中でなのか、はたまた現実でなのか。
とにもかくにも幸せな気持ちで温かいものにすり寄った。
そして次に完全に覚醒したわたしは「ううーん」とくぐもった声を出して、掛け布団の中から這い出した。
なんだろう、体がスースーする。
その理由は即座に判明した。しかし、頭が現実についていけなくて、二度見した。さらにもう一度。
「えっ……ちょっ……えっ……?」
何度見てもわたしは素っ裸だ。上も下も、何も身につけていない。
「え、え、えぇぇ? ちょっと待って。なんで? なんでわたし裸で寝ていたの!?」
もう何が何やらさっぱり分からない。頭の中が盛大にパニックになった。
もちろん眠気など瞬時に吹き飛んだ。そして冷や汗が出てきた。
今起きたベッドも真正面に見えるユニットシェルフも、まったく見覚えがない。しかもそこにはスーツやジャケットやらがハンガーにかかっている。まごうことなき男物だ。
一体ここはどこ? どうしてわたしは素っ裸で見知らぬ部屋のベッドで眠っているの?
これではまるで……まるで……。
わたしの頭の中で、さまざまな知識がざぁっと流れていく。そう、このシチュエーションはまさに、アレではないか。恋愛ドラマや漫画のお約束……。
なんとなく、下半身に違和感がある。普段下着で隠している部分が、ずきりとする。
経験はなくても、情報はすぐに入るのが現代社会だ。
脳内にたくさんの情報が溢れていき、線と線になって繫がっていく。その先に出た答えは。
……要するに、わたし、やっちゃった……?
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