第12話
「そう。忽那さんの企画で。うちの課と不動産で、もっと親睦を深めましょうっていう趣旨」
「へぇ。忽那さんマメですね」
小湊さんが相槌を打つ。
「ってことだから、小湊さんと真野さんも予定空けておいてほしいんだわ」
「いつ頃ですか?」
「九月の頭だって。たぶん週末」
わたしは脳裏に予定表を思い浮かべる。つつましい生活をしているため、予定は特に埋まっていない。
大人数のお酒の席はあまり得意ではなく、正直言うと面倒くさい。適当に理由をつけて断ろうかな、と考えたとき、忽那さんとの先日のやり取りを思い出した。
そうだった。これからは積極的に人の集まりに顔を出すと彼の前で宣言したのだった。
それなのに彼が幹事の飲み会をすっぽかすわけにはいかない。
自分を変えると決めたのだから、場慣れするためにも参加したほうがいい。
「ちょっと急だけど、その分会費は安いって。推進課の女性は千円でいいって」
「うわー、太っ腹。真野さんも行くよね?」
小湊さんのテンションが途端に高くなる。
「はい。参加します」
「よかった。せっかくの会だし、できるだけ参加してほしくて」
女性二人の参加を取り付けた課長はホッとした顔になった。
出世頭でもある忽那さんが発案したのだから、参加メンバーが少ないと示しがつかないのだろう。
「うちからも人を多く出したほうがいいなら、他の課に声を掛けてみてもいいんじゃないですか?」
わたしは単純に疑問に思ったことを口にした。
「小湊さんや真野さんみたいに落ち着いた子ばかりじゃないでしょ。一応仕事の一環でもあるわけだし、きゃあきゃあ騒がれても困るのよ」
課長はさらに声を落とした。
「そうですね~。隣の課の女の子が来ると無駄にうるさく騒ぐだけでしょうし」
小湊さんも乾いた声で続けた。
「そういうわけだから、できるだけ口外はしないでね」
「漏れると思いますけど」
「それでも、よ」
用件が済んだ課長は忙しいのか「じゃあよろしくね」と言って離れていった。
急に決まった飲み会の話は、案の定どこかから漏れて、数日後にはわたしの元にも羨む声が届いた。四葉不動産の男性と仲良くなって合コンをセッティングして、という切実な願いをわたしに託すのはいいけれど、人選ミスは否めない。
その日、いつものように掛かってきた外線電話を取ると、忽那さんからだった。
時候の挨拶のあと、彼は『今回は真野さんも参加してくれるんだね』と少し弾んだ声を出した。
「はい。せっかくの機会ですので」
『参加してくれてよかった』
電話越しだからだろうか。耳元で優しい声を出されて、妙に意識してしまう。これまでこんなこと一度もなかったのに、やはり一緒にケーキを食べたことを引きずっているらしい。
「はい。あの、会費の件もお気遣いいただき、ありがとうございます」
『気にしないで。来てくれるだけで嬉しいから。そうだ、真野さん何か食べたいものある?』
「食べたいものですか?」
わたしはしばし押し黙った。こういうとき、何がいいのだろう。優柔不断なわたしは即決できない。だが、電話越しに待たせるのもよろしくない。
そういえば、と思い出した。確か小湊さん、肉が食べたいと最近言っていたではないか。肉料理なら男性も満足するはず。
「でしたら、お肉料理はいかがでしょうか。男性も多く参加されるとのことですので、満足いただけるかと」
『そうだね。それは確かに。でも、真野さんたち女性は肉料理よりもヘルシーな料理のほうが好みじゃないのかな?』
うーん、難しい。やはりわたし一人では決められない。ひとまず通話を保留にさせてもらって、素早く小湊さんに相談した。
彼女は目を輝かせながら即座にメモを書いてくれた。
「ここ、行ってみたかったんだよね。可愛くおねだりしておいて」
小湊さんの即断できるところを見習いたい。
「ええと、お待たせしました」
わたしが店の名前を告げると、忽那さんが『了解』と明るい声を出した。その間にさらに追加でメモが渡された。わたしはそれを読み上げる。
「ええと、のちほどグルメサイトのページを添付してメール差し上げます」
『分かった。色々ありがとう』
「いえ……」
すべて小湊さんのファインプレーによるものだ。
『当日、楽しみにしている』
「はい。わたしも楽しみです」
そのあと、忽那さんは本題に入るため推進課の別の社員に取次を頼んだ。
受話器を置いて息を吐くと小湊さんが椅子ごと近寄ってきて「グッジョブ! 真野さん」と目を輝かせた。
「いえ。小湊さんが決めてくださったようなものです」
「うふふ。楽しみだなぁ。肉! 当日はお昼少なめにしなくっちゃ」
小湊さんの頭の中はすでに肉でいっぱいのようだ。せっかくの食事会なのだから、わたしも当日のお昼は重たいものを食べないようにしておこう。
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