第2話
わたしの目から見ても歩菜ちゃんは輝いていた。
前に会ったときはわたしと一緒になって、出会いなんて全然ないよ、と笑って慰め合ったのに。歩菜ちゃんは目標を立てて実行に移した。
対するわたしはというと。
カリカリと、引っかかれたような気がした。
胸の奥の内側に爪を立てられたような、小さな疼き。それに気が付かない振りをして、わたしはみんなと一緒に笑う。
「そうだ。ミサちゃんは。最近どうなの?」
美穂ちゃんが思い出したかのように話題を振ってきた。この場でわたしだけ近況を伝えていなかったからだ。
「わたしは何もないよ」
「ミサちゃんは一人暮らし始めたんでしょう? 慣れた?」
歩菜ちゃんの言葉にわたしは「うーん……自炊がめんどくさいなぁ」と苦笑いを浮かべた。変わったことといえば、去年ようやく実家を出たくらい。
「でも、結構便利な所に実家あるのによく出る気になったね」
綾香ちゃんが感心する。彼女の実家も二路線走っている駅が最寄りのため、現在も実家暮らしだ。趣味のフラダンスにお金がかかるため、家賃を浮かせたいのが理由だ。
「親の結婚しろ圧力がうるさくって。兄がね、赴任先の仙台で結婚したんだけど、親に何の相談もなく、あっちで家を買っちゃったんだよね。それで、母が機嫌悪くして。わたしに結婚圧力」
「あー、なるほどね」
「圧力はいらないけど、出会いはほしーい!」
綾香ちゃんと美穂ちゃんが頷いた。二十代最後の年で独身ともなると、二人とも同じようなプレッシャーを親からかけられているらしい。
「潤いが足りないんだよ。心の潤いがさぁ……。ていうか、この年になると彼氏の作り方も忘れた……」
「まー、確かに。フラに対して寛容な人ならいてもいいかもねぇ」
「ねえ、ミサちゃんも彼氏ほしいでしょう?」
わたしは曖昧な笑みを浮かべつつ、美穂ちゃんの問いかけに頷いた。
「ん、まあ。そうだねえ」
「真剣な出会いなら、断然相談所だよ」
「アユ、今度詳しく教えて」
「もちろん」
美穂ちゃんはどうやら結婚相談所に興味を持ったみたい。
結婚相談所か。結婚をしたい男女が知り合う場所。確かに効率的だな、とは思う。
ひさしぶりの会ということもあって、その後も話が尽きることはなかった。
最後に歩菜ちゃんは、旦那さんの友人が結婚お披露目会という披露宴の二次会的な催しを企画してくれていることを話した。
わたしたちはもちろん参加するよ、と目を輝かせた。当日歩菜ちゃんはドレス姿で、ウェディングケーキも用意され、ファーストバイトなど定番イベントも予定されているとのこと。
「十月の中頃の予定なの。連休のあたりなんだけど、大丈夫かな」
「分かった。開けておくね」
「ん、発表会も入っていないし、たぶん大丈夫。スケジュール調整しておくね」
美穂ちゃんと綾香ちゃんの返事を聞きつつ、わたしも予定を入れないようにしておこうとスマホのカレンダーにチェックを入れた。
翌日、ほんの少しだけ置いて行かれたような気分をかかえたまま、わたしは出社した。
高校生のあの頃に思いを馳せる。授業を受けて、文化祭や修学旅行にテストなどのイベントごとが等しくやってきて。
ただ毎日が楽しかった。みんな一緒だという安心感に浸っていた。
高校を卒業して、それぞれの進路へと旅立ち、社会に出て。積んだ経験も仕事も様々で。もちろんそれには男性経験も含まれている。
もうすぐ、月が替わればわたしだって二十九歳になるのに。この年になるまで、ただの一度だって男性とお付き合いをしたことがなかった。
それがわたしの最大の悩みでコンプレックス。
最近まで歩菜ちゃんも同じ立場だったのに。彼女は先に次のステップへ進んでしまった。わたしは相変わらず同じ場所に留まったまま。
「はあ……」
テナントからあがってきたアンケートデータをエクセルで集計しながら、長い息が口から漏れてしまった。
ふと、歩菜ちゃんの言葉を思い出してしまう。
やっぱり、この年で処女だと人によっては引いたり重たいと感じてしまうらしい。
昨日の帰り道、わたしは歩菜ちゃんの話していた言葉が引っかかって、スマホで検索をかけてみた。ヒットした恋愛指南や恋愛特集ページにざっと目を通したわたしは電車の中で落ち込んだ。
年齢イコール処女の、年齢部分が上がるにつれて男性によっては重いと感じたり、受けがあまりよくないといったネガティブなものが目についたからだ。
もちろん中にはポジティブな記事もあったけれど、慰めているような内容で逆に切なくなった。
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