わたしの処女をもらってもらったその後。【書籍版】

高岡未来/メディアワークス文庫

第1話

 高校時代の仲良しメンバーで会うのは久しぶりのことだった。


 わたし、真野美咲が働く日比谷の職場から有楽町までは徒歩圏内。そのため、待ち合わせの店に一番乗りで到着した。


 梅雨が明けて本格的な夏を迎えた東京は夜になっても暑い。少し歩いただけなのに、額から汗が吹き出し、わたしは冷房の利いた店内でうちわ代わりに持っていたミニタオルで顔を扇いだ。


 出されたお冷を口に含み、ようやく体から熱が取れてきた頃、今日のメンバーがぽつぽつと店に集まり出した。


 木曜日の有楽町駅目の前のファッションビルの和カフェは、適度に女性客で埋まっている。


「わー、久しぶり」「暑いねー」など、時候の挨拶を終えたわたしたちは、それぞれ好みの夜ご飯定食を頼み、先にドリンクがやってきたところで一度乾杯となった。


「アユ結婚、おめでとう」


 今日の主役は先日沖縄で結婚式を挙げたアユ、こと歩菜ちゃん。わたしたちの祝福の言葉に彼女は頬を赤くして照れ笑いを浮かべる。


「ありがとう。結婚式の準備と引っ越しと重なって大変だったけど、過ぎてみればあっという間だったよ。ようやく一段落したー」


「台風と被らなくてよかったね」


「ほんとだよ。それだけが心配だった」


「写真見せて見せて」


「リゾート婚いいなあ。海青かった?」


 食事そっちのけでわたしたちはきゃっきゃとはしゃぐ。


 このメンバーで会うと、今が二十八歳であっても十年前と変わらないノリになるから不思議だ。卒業して十年も経てばみんなそれなりに忙しくって、なかなか全員で集まる機会もない。


 それでもひとたび仲良しグループで会えば、昔に戻ったかのように愛称で呼び合い、じゃれ合う。時の経過を感じさせない安心感にホッとする。


「天気だけが心配だったけど、両日とも晴れてくれてよかったよ。海もとってもきれいだった」


 歩菜ちゃんがスマホを取り出した。アルバムには何枚もの写真が収められている。


 わたしたちは身を乗り出して写真に見入る。


 ドレスの着付けが大変だったこと、ホテルの中で祖母が迷子になったこと、波打ち際で写真を撮っていたら、高い波に襲われかけて二人で必死に逃げたこと。近しい親族のみで行われた結婚式は、家族旅行のように和気あいあいしていたことなど。


 わたしたちは歩菜ちゃんの思い出話に楽しく相槌を打っていく。


 彼女の左手の薬指には当然のことながら結婚指輪が光っている。ときおり目に映るそれがほんの少しだけ眩しい。


 もう、彼女はわたしとは違う。そんなことを考えてしまった。


「わたしたちのグループの中でもついに結婚した子が出るとは」


「ていうか、うちらはむしろ遅いほうでしょう。会社の同期で早い子だと二十五の年には結婚していたし」


「そうだよねぇ。今年は二十九歳になる年だから、特に多いよね」


 美穂ちゃんがしみじみ言うと、歩菜ちゃんが「わたしも駆け込んだ口だからね」と頷いた。


「ん~、でもわたしはまだいいかな。趣味が楽しいし」


 綾香ちゃんが苦笑しつつ、けれどもきっぱりと言った。


 彼女は社会人になって始めたフラダンスが楽しすぎると折に触れて口にしている。現在も来たる発表会に向けての練習と衣装づくりで休日は瞬く間に時間が過ぎ去ると言いながらも、その声は満ち足りている。


「わたしはそろそろ出会いがほしいけどなぁ。うちの職場、基本おっさんしかいないから」


 美穂ちゃんが大きくため息を吐くと、歩菜ちゃんが身を乗り出した。


「じゃあ美穂も結婚相談所を利用したら? わたしもそれで出会ったんだよ」


「そういえばアユは結婚報告のグループトークで、婚活で知り合ったって言っていたよね」


「てっきり婚活パーティーとか、マッチングアプリとかだと思ってた」


 美穂ちゃんに続けて綾香ちゃんが相槌を打った。


「うん。わたしね……実を言うと、この年までずっと男性とお付き合いしたことがなくて。でも、結婚して子供がほしかったんだよね。このままだとずっと男性に縁がないって思って、思い切って結婚相談所に登録をしたの」


 歩菜ちゃんの告白にわたしたち三人はじっと耳を傾けた。


 彼女が結婚すると報告をしてきたのは通話アプリのグループトークでのことだった。結婚式と引っ越しが終わったタイミングでみんなで会おうということになって、今日この日を迎えたのだ。


「ええっ! そうだったの?」


 美穂ちゃんが目を丸くした。


 彼女は大学時代に初カレができました、と上機嫌で報告をしてきたことがあった。綾香ちゃんは何も言わずに目線で返し、先を促している。


「うん。実はね。男性経験がないままこの年まできちゃって、正直とっても焦ってた。実際、結婚相談所で紹介してもらった人と会って、そのことを話すと引かれちゃうこともあって、少し落ち込んだこともあったんだ。でもね、今の旦那さんと出会ったとき、彼はそのままのわたしでいいんだよ、って言ってくれたの」


「そっか。そっかぁ」


 美穂ちゃんが熱心に相槌を打つ。その声が少し潤んでいる。


「お互いに結婚したいって目標があったから、お付き合いをスタートさせてから結婚までの時間はあっという間だった」


 歩菜ちゃんの旦那さんはメーカーの開発部門に勤める研究部員で、なかなか女性との出会いがなかったとのこと。今は関東近郊の研究拠点に勤めているが、数年以内に別の地方の研究開発拠点へ移動する確率が高いらしい。歩菜ちゃんは「わたしもついていくことになると思うから、今必死に教習所に通っているんだ」と続けた。確かに転勤場所によっては車があるほうが便利なこともある。



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