7話 長い一日
シリウスは、驚いていた。
リトリアがカーネストを殺したことに。部下をいとも簡単に切り捨てたことに。
「兄、さん……?」
「無事だったかい? シリウス。怪我が無さそうで良かったよ」
そう言ったリトリアは、先ほどまでの冷たい視線ではなく、いつも通りの優しい穏やかな表情に戻っていた。緊張感から一気に解放されたシリウスはドッと疲れ、その場に手をつき、そして乱れた呼吸を整えようとした。
「マリーも、無事だね」
「司祭官……どうして……」
「『どうして』? 変なことを聞くんだね。助けに来たに決まっているじゃないか」
……違う。
少なくともシリウスはそう思った。マリーのために来たのではない。この場に来たのは、真実に近付きつつあるカーネストが邪魔だったからだ。それはマリーも同じこと。もしもまたこの前と同じようにシリウスを殺そうとしていたところにリトリアが来たら、リトリアは確実に彼女を仕留めていただろう。
邪魔なものは即刻切り捨てる。それが、シリウスの知らない、教会本部直属部隊、司祭官のリトリアの姿だった。
「カーネストの死体はこちらで処分するよ。安心してシリウス。君に迷惑は掛からない」
「兄さんは、何をお考えなのですか……?」
「……時期に
「はっ、はい!」
「帰ろうか」
「……はい」
「兄さん」
今、ここで彼を逃してしまったら、もう誰にも頼むことができなくなる。だから、『アリア』は『シリウス』として彼を呼び止めた。あの時と同じように。振り向いたリトリアの表情は純粋な疑問を抱いた表情だった。
「……シリウス?」
「お願いがあります」
「いいよ。何でも言ってごらん」
甘く囁くように微笑む兄。その表情につい甘えてしまう弟。シリウスはいつまでも甘えていては駄目だと頭では分かっているのに、それでも甘えてしまうのは、兄のこの有無を言わせない笑顔が原因だと考えている。
一種の、マインドコントロールだとさえも。
「…………マリーを必ず、守ってください。お願いします。もう、何も失いたくないんだ」
それが、今言える精一杯の『お願い』だった。
ほんの少し、リトリアの目が見開いた気がしたのは、きっと気の所為ではないだろう。
「それだけでいいの?」
しかし、帰ってきた答えは、意外なものだった。
「え、あ、はい。え?」
「くす。ごめんごめん。本気のお前を見るのは初めてだったから、つい、ね。わかったよ。彼女は私が責任を持って守って見せよう。だから安心しておいで」
「はい。……マリー」
「え?」
不意打ちを食らったかのような裏返った声でマリーは返事をする。
彼女の目はもう憎悪には染まっていない。これから沢山の事が起こるだろう。ひとつ、大きな荷物が無くなったのだ。これからは楽しい事が多い人生を送ってもらいたいものだ、とシリウスは心の中で呟いた。
「兄さんに付いて行けば安全だから。どうか兄さんのこと、嫌わないでおくれ」
「……失望はしましたが、私がリトリア司祭官に助けられたことに変わりはありませんから、安心してください。それに、私だって戦えますよ」
「はっきり言うな~」
「ふふっ……。ああ、そろそろだな」
シリウスは目を伏せる。するとまるで魔法が
「兄さん。私、この姿も案外悪くないと思っているので、しばらくは右腕は必要ありません。ですが、必ず取り返しに参りますので、その時は」
「あぁ、わかっているよ。――それじゃあ、またねシリウス」
リトリアとマリーは一度礼をして、教会本部のある方角へと歩み始めた。
長い一日が終わろうとしていた。
アリアは、リトリアたちを見えなくなるまで、いつまでも眺めていた。
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