6話 人間という『化け物』

 マリーがカーネストの目の前に、カーネストを庇うように両手を広げて、両膝をついてシリウスを見つめている。


「マリー……そこをどけ」

「いやっ、もう止めて! 気は済んだはずよっ?」

「……私がそれを許すと思うか?」

「それでも、もう止めてあげて!」


 マリーは動かない。そこにいてはたとえシリウスの力を持ってしてもマリーも道連れになってしまうだろう。もう殺さないと決めていた。失いたくないと思った。なのにどうして。


「どうしてこうもうまくいかない……!」


 眉間みけんにしわを寄せ、歯を食いしばる。その表情は窺えなかったが、きっと悲しげなものだったに違いない。マリーは半分申し訳なく思った。


「……シリウス、」

「――……動くな……‼」

「きゃ!」


 マリーは弁解べんかいしようとシリウスの方へと立ち上がろうとした。しかし、それをはばむ者がいた。カーネストである。マリーはカーネストに捕まった。喉元には小さなナイフが光っていた。虫の息だというのに、まだ立つ力も、ナイフを振るう力も残っているとは、まさに異常だった。


「化け物……」


 シオンがポツリと呟いた。

 シリウスも同意見だった。


「もう、ここまでくると精神力だけで動いているようなものだな」

「人間とは、どうしてここまで愚かなのでしょうか……?」


 ひゅー、ひゅー……喉から吐き出される空気音がかすれている。カーネストは、いつ死んでもおかしくない状態だった。


「カーネスト! 何がお前をそこまでして生かしている!? 私には毛頭理解できない!」

「理解、されなくても……私だけ知っていれば、それで、いい……!」

「大佐、もうお止めください! これ以上はもう!」

「黙りなさい、マリー=ブレーライン……、これは、……っ」


 喉元に突き付けられたナイフに力がぐっとこもる。つぅ……と、マリーの喉が少しだけ斬れる。ぬるりとした血液にマリーは表情をしかめる。痛みよりも気持ち悪さが今はまさっていた。


「それ以上、彼女を傷つけるな!」

「……ならば、ご同行願おうか…………」

「――っ! ……」


 シリウスは一瞬だけ、シオンの方へと視線を向ける。そして一回、目を伏せ、カーネストの方へと視線を戻す。シオンにはシリウスの意図いとが読めなかった。


「シリウス……?」


 その目には――戦う意思など、もうどこにも存在していなかった。


 *


 シリウスは左手に持っていた月光花を地面に突き刺す。敵に攻撃の意志は無いと示すためだった。そして、左手をカーネストの方へと向ける。


「さあ、彼女をこちらへ」

「――私の事は構わないで、早く逃げて! この人、何かの術式を唱えてる‼」

「……!?」


 マリーがもがきながらカーネストのやろうとしていることを伝えた。カーネストは聞こえるか聞こえないかくらいの声量で術式を唱えていた。確かに、耳を澄まさなければ聞こえないほどに小さな声で。シリウスが気付いた時にはもう遅かった。


「しま――!」

「『捕縛法ほばくほう』、第一術式展開――」

「……くぅうっ!」


 シリウスは突然現れた縄状なわじょうの文字列によって動きを封じられた。動こうとすればするほど強く締め付けられる。完全に身動きが取れない。


「くそがっ! マリーを離せ! このっ、死にぞこないがァッ‼」

「……捕縛……はぁ、はぁ、成功……」

「あ、あぁ……! シリウス……!」


 マリーは必死にシリウスの方へと手を伸ばす。だが、カーネストがそれを許さない。ぐいっとマリーを自分の方へと引き込む。マリーの服はすでにカーネストの血で染められていた。生温なまぬるく気持ち悪い感触をこらえながら、マリーは必死にその腕の中から逃げようと足掻あがく。


「大佐、彼に攻撃の意志は見られません! 早く解放して……!」

「……貴様にもう、用はない。ブレーライン」

「大佐……。あっ」


 マリーは用済みとされ、強い力で解放された。息が荒い。そのまま、カーネストは目の前でもがき足掻いている吸血鬼を見下ろした。


「……カーネスト……ッ」

「悪いが、連れて行くぞ」


 カーネストがシリウスに手を伸ばす。

 ドガンッ!

 鈍く大きい音が、そこら一帯に響いた。拳銃の音だ。教会魔装ではなく、普通の、人間の扱う拳銃の音だった。


「が、はっ」


 再び、カーネストが地面に崩れる。今度こそ、完全に仕留められた。心臓を的確に弾丸は貫いている。噴き出た大量の血がシリウスの顔を赤く染めた。鉄臭い。その瞬間、体を縛っていた術がけた。数秒だけ、思考が停止していた。マリーも、シオンもその場に尽くしていた。


「……一体誰が……」


「私がやったよ」


 シリウスの肩が震える。ゆっくりと声のする方へ首を回す。

 視線の先には――兄、リトリアが冷たい視線をこちらに向けながら拳銃を構えて、立っていた……。

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