4話 聖剣・ベルベルク

「あのバカっ……! ……マリーはここにいるのよ。いいわね」

「そんな! まだ状況は把握できてないけど、私だって武器が無くとも戦える!」

「これはそんな甘い戦いじゃない!」


「――!」


 ひとつ、アリアが叫ぶとマリーは大人しくなった。よかった。自分の力量をちゃんとわきまえている。


「どうか聞き分けて。お願い」


 いくら力を持っていたとしても、それでも、君を戦いに巻き込みたくはない。その想いが、アリアの中にはあった。


「……なら、血を」

「え?」

「血を少しだけ、飲めばいい」


 そう言ってマリーは自身の腕を差し出す。


「何を言ってるの。そんなの無理に決まってるわ!」

「言っている場合!? このままだとシオンさんが死んでしまうわ!」

「だけれど……‼」

「早く! シオンさんを助けて!」

「――」

「なんでそんなにかたくなになるの? シオンさんはあなたのなんでしょう?」


 マリーが消え入りそうな声でうったえる。

 アリアがここまで冷静でいられるのには理由があった。それは、シオンが「絶対に死なない体の持ち主」だからだ。流石にアリアに吸血されればその存在は消失するが、それ以外の攻撃では死なない。その根拠があった。


「大丈夫。シオンは死なない。だけれど、今のままでは死ぬまではいかなくとも……」


 体が動かなくなるまで戦うだろう。

 そう思った。自分の事を一番に考えている彼が、全力でないわけがない。あれではまるで力のコントロールが不安定だ。


「…………マリー……本当に、いいの?」

「……ええ」


 マリーはうなずいた。あの時とは違う。あの時は、彼女が望んで死んだ。この子はまだ生きる資格がある。全ては吸わない。せめて、力が戻るだけの血を――。


「私の血を吸いなさい、吸血鬼」


 そこには、彼女ローズの面影が存在していた。


 *


 シオンはカーネストの攻撃を受けていた。精一杯せいいっぱい振りかざした攻撃も軽くあしらわれ、一瞬の隙を突かれて右後ろ回し蹴りを一発食らう。


「ガッ! げほ、ごほごほっ」


 ごきりと鈍い音が体の芯から聞こえた。きっと今の攻撃で肋骨ろっこつが折れたのだろう。だが、こんなものはすぐに治る。そう。治るのだ。自分は人間じゃないから。人間と嘘をいた『化け物』だから。ひとつ、ふたつと深呼吸をして、次の攻撃に備える。敵はすぐそこにいた。


「これでも死なないのか。とんだ化け物だな」

「お褒めに預かり光栄ですが、いいんですか? そんなに余裕ぶっていて」

「何?」

「――影鎌デスサイズ!」


 シオンがそう叫ぶと、彼の周りに黒い霧のようなものが渦巻き始めた。それはシオンを覆い包み一つの武器として形成されていく。


「なんだ、それは」


 黒い霧が晴れたとき、そこにいたのはシオンであってシオンではなかった。


「――これが本来のデュラハンの姿ですよ」


 そこに立っていたのは、漆黒の黒煙こくえんに絡まれたよろいのようなものに体を隠している『騎士』。デュラハンとして存在しているシオンだった。

 全てにおいて曖昧あいまいで曖昧な化け物。


 それが『デュラハン』という存在だった。


「……といっても、これは祖母のを見よう見まねしただけの姿ですので、少しオリジナリティに欠けますが……」

「そうか。お前が『ラスト・ブラッド』のひとつである『死なない騎士デュラハン』だったか。これはいいものを見た。あの吸血鬼共々ともども捕獲ほかくしよう……」


 瞬間、シオンの体がカーネストの視界から消えた。消えたのではない。影がカーネストをおおったのだ。周りは暗闇に覆われ、何も見えない「無」の世界と化した。


「……なんだ、これは、――っ!?」


 一太刀、カーネストは攻撃を受け流すことができなかった。暗闇の中はシオンのテリトリー。そう判断したカーネストは無造作むぞうさに白銀の剣を振った。しかし、何にもあった気配はなく、ただそこに剣を振るう音だけがむなしく響いた。


「何も見えないというのはとても不安でしょう? どうです? 早く降参してみては」

「……む。不安か。……いや、そうでもない」

「?」


 カーネストは白銀の剣を地面に突き刺し、何かの術式をとなえだした。


「――聖騎士よ、今こそ魔族を滅ぼす力を」


 一体、彼は何を唱えているのだろう。シオンは気を取られていた。

 その不思議な言葉の羅列られつに。

 目を離せぬまま。何が起こるかわからないまま。


「聖剣・ベルベルク!」


 *


 影でできた大きなまく。それがシオンのものだとはっきりとわかった。影はデュラハンであることの象徴しょうちょう。その影が大きければ大きいほど、力が強大だと云われてきた。


「このまま暴走しなければいいが……」


 元の体に――シリウスに――戻った彼は急いでその影膜えいまくに向かう。


 ふと、を耳にした瞬間、シリウスの体は金縛りにったかの如く動かなくなった。


……だと?」


 聖剣、ベルベルク。確かにそう聞こえた。

 数十年前、シリウスの右腕を斬り落とした聖杯せいはいつるぎ。その剣が出現した。ということは――シオンが危ない。本能がそう告げていた。


「シオン‼」


 ベルベルクで斬られたものは『純血種の吸血』と同じで文字通り消えてしまう。このままではシオンが存在できなくなる。


「間に合え……!」


 シリウスは気が気でなかった。初めて出来た『家族』を守るために。ただひたすらに走った。

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