6話 化け物

 シオンが男の前に立つ。

 男は引きった顔をしていた。恐怖に染まる表情。目の前に本物の化け物をその目で映している。男の顔からは冷や汗がだらだらと溢れ出てくる。


「ま、待て! 早まるな!」

「早まるな? ……ええ、僕は至って冷静ですよ」


 一歩ずつ、距離を縮めていく。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 じりじり。じりじり。


「……あなたが悪いんですよ。僕を怒らせたから。僕の大切な人の大切なものを殺そうとしたから。……だから、死んでください」


 すらりとシオンは自身の背中に上から手を回す。すると、そこから影の鎌が出没した。それは『デスサイズ』と呼ばれる、教会本部が警戒する特級型武器だった。彼は、断罪者を気取っているのだろうか。……しくは本物の断罪者だろうか。その表情は男しかわからない。

 シオンは大きなその鎌を、男に向かって振りかざした。


「さようなら。名も知らない人」


 ――ザシュ。

 首から赤い鮮血が飛沫しぶきを上げる。その血飛沫ちしぶきがシオンに降りかかる。白衣が血に染まっていく。その光景を美しいと感じてしまったマリーは、自分を可笑しいと思った。

 周りで倒れていた男の子分共が起き上がった。そして、目の前の光景を目の当たりにして、悲鳴を上げた。それもそうだろう。自分たちの知らない間に、したっていた人が死んでいたのだから。


「去りなさい。今去れば追いはしない」


 その言葉を聞くと、子分共は一目散いちもくさんに逃げて行った。それを見てか、シオンが鎌をおろしたからかは分からないがマリーも地面にへたり込んでしまった。シオンは深呼吸をして、口元についていた血を簡単に手の甲で拭った。


「大丈夫ですか? ……よかった。怪我は、なさそうですね。安心しました。あなたが怪我でもしたらどうしようかと」

「――……よかった」

「え?」

「死ななくて、よかった~……」


 と、泣き出してしまった。シオンはこの状況をどうしようと思った。子供に泣かれるのは一番困る。こうなるとは予想していなかったので彼は分かりやすく慌てふためいた。


「え、えっと、僕は化け物ですから、大丈夫です。だから、泣かないでください、ね?」

「……ぐすん」


 ほうっと、一息つく。シオンは地面に落ちた血に濡れたナイフを拾い上げた。


「……これで死ねるものなら、死ぬのに苦労しないよ」


 マリーに聞こえるか聞こえないかの声量で、シオンは独り言を発した。


「え……?」

「……独り言です。気にしないでください」


 シオンはマリーに向かって彼女を安心させるために微笑んだ。

 その時――


「――シオン!」


 突如、マリーの胸を打つ鼓動の音が変わった。

 その正体は、知っている。


「な……んで」


 ぐちゃぐちゃな心に釘を打つ。

 彼女の心はとどめを刺される。

 私はこの声を知っている。


「マリー……?」


 二人は出逢ってしまった。

 それは、運命なのか、それとも――。

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