5話 影の呪い

 シオンは外に出ていた。アリアと沢山話をした後、「薬を買い忘れてしまいました」と言って、本部直前の町にたまたま出ていた。


「薬も買ったし、包帯と……必要なものも買ったし……あとは、あれ?」


 ふと、騒ぎ声が近くから聞こえた。女性の声と、男性複数の声。それは痴話喧嘩ちわげんかのような、声の荒げ方だった。


「ちょっと見てくるかな……」


 シオンは声のする方へと、足を運んだ。


 *


「あ、マリーちゃん」


 シオンがそこで見たものは、うつ伏せになって男たちに強姦ごうかん――に見えなくもない――されているマリーだった。その目は大きく見開かれ、シオンに向けられていた。彼女はとても驚いているようだった。


(よかった。まだ、生きることを諦めてない目だ)


 シオンはほっとした。


「あ? アンタ誰だよ」

「あ……えっと、通りすがりの者です」

「ただの通りすがりじゃねえだろうが。……この女の事を知っているな?」


 巨漢が質問する。シオンは頭をポリポリといている。

 シオンは考えながら、ちらりとマリーの方へ視線を向けて、言葉を選びながらその口を開いた。


「えと……知っているというか、個人的には敵です」

「は?」

「だから、個人的には敵なんですよ。……でも、ここで助けないとアリアが悲しむので、その汚い手を放してもらえますか?」


 凶器にも似た笑顔。ぼさぼさとした彼の放つ妙な空気。それに恐れをなしたのか、チンピラの一人がシオンに襲い掛かる。


「う、あ、ううう、うわあああ‼」


(えっと、これは殺したら駄目だよな……?)


 しかし、その攻撃はむなしく。彼の襲撃はシオンの格闘術によって無力に散った。手刀で気を失わされる。ひとり、もうひとりと敵と判断したチンピラ共を次々になぎ倒していく。


「お、お前、一体何者なんだよ‼」

「何者でもないですよ。言ったでしょ? ただの、通りすがりだって。退いてください」


 シオンは巨漢の男をマリーから引きはがす。そして、目の前に立ちはだかった。


「な、なによ……」

「……いえ? お怪我はありませんか?」

「ないけど……。あなた、なんで私のこと知っているの? どこかで、会ったかしら」

「……。こちらの一方的なものですが、一度だけ」


 シオンは彼女が敵だとわかっていた。アリアをおびやかす敵だともわかっていた。だが、アリアは彼女の事を大事に思っている。気に入らないが、殺すことなど、断じてしてはいけないのだ。アリアの言うことは絶対だから。そこに自分の想いを介入させてはいけない。

 複雑な胸中でありながらもシオンはマリーのその手を取った。マリーは少し恥ずかしそうにしながら彼に礼を言った。


「そうだったの。ともかく、おかげで助かりました。本部に言ってあなたにお礼を――」


 マリーが、止まった。何事だろうと、後ろを振り向く。巨漢の男が、息を切らし――荒げ――ながら、その手には、手の大きさほどの小型ナイフを持っていた。


「ふ、ふ、フシュウウアアアアア‼」


 奇声を発しながら、男はマリーめがけてそのナイフを刺しに掛かる。


「なっ」

「――! 危ない!」


 シオンは咄嗟とっさにマリーの事をかばった。

 ずぶぶ、と、鈍い音がマリーの鼓膜こまくを揺らす。心臓より少しズレた、肺の方へとナイフが刺さっていく。膝からドシャッと崩れ落ちた。血が噴き出している場所を手でふさぐ。マリーの手が赤く染まっていく。


 ――い、いやあああああ‼


 マリーの悲鳴が空まで響いた。シオンの口から血が吐き出される。呼吸が乱れる。血が止めどなく溢れている。


「お、お前が悪いんだからな? 俺の子分たちをやりやがったのが悪いんだからな!」


 男は微動だにしなかった。その光景に恐れおののいていたのだ。


「な、なんで、どうして、私なんか」

「ひゅー……ひゅー……」

「ど、どうしよう、止血、そうだ、止血しなきゃ」


 止血しようと試みるマリーの手を死にかけのシオンが血だらけの手で止める。そして、掴んだその腕を思い切り引っ張った。そして、なぜその行動をとったのか、マリーには分からなかった。だが、その意味が数秒後には分かった。

 またあの男がナイフを振りかざしていたからだ。


「待って! あなたが私のために死ぬ必要なんてないの!」

「――――」

「――え?」


  ――下がっておいで。かすかに聞こえた彼の声。マリーは何が何だか分からなかった。


「死ねぇえええ!」


 また刺される。今度は心臓だった。


「もうやめて! これ以上関係のない人を傷つけないで!」


 そんな悲痛な願いも届かぬまま。シオンはまたもマリーを庇い、傷ついた。


「……どうして、あんな無茶をするの」

「ゴホっ……。大丈夫、ですよ。あなたは何も、


 二回も刺されたのに、シオンはまだ生きている。

 なぜだ? この人は人間ではないのか?

 疑問を感じていた。なぜ死なないのかと。


「……あー……。やっぱり、アリアから遠いと、傷の治りが遅いな……。気をつけなきゃ」


 黒いが、彼の周りで渦巻く。『それ』がなんなのか、マリーには分からなかった。

 ゆらりとシオンの体と『もや』がゆらめく。そのもやはシオンのつらぬかれたはずの心臓と、肺に取り込まれていく。そうすると、みるみるうちに傷が治っていった。


「あなた、一体…………」


 マリーの目は悲しみの色から驚きの色へと変化していた。


「僕は……見ての通り、化け物ですよ。……これは呪い。永遠に解けない呪いです」


 ――そう、これは呪いだ。祖母からの、『呪いおくりもの』。


「僕が死ぬことは、世界が壊れるくらいの確率で、あり得ない」


 シオンはゆっくりとその顔を上げた。

 嘲笑にも似た笑顔を浮かべながら、彼は目の前の敵を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る