2話 教会定例会議
教会定例会議は大教会議会室にて行われるこの本部内で一番大きい会議だ。
この世界の均衡を保つために日々行われている会議であり、その内容は異界の観察について、今後どうしていくかを決めるため議論を展開している。
そしてその会議をまとめているのが、
「――すみません、遅くなりました~」
「異界保護監察庁教会本部第五機関、司祭官、リトリア=アリアロキ、同じく、マリー=ブレーライン司祭補佐官、参りました」
はっきりと上の者に対しての礼儀を行うマリーに対し、ゆったりとマイペースな感覚で挨拶をするリトリア。二人は対照的な関係にあった。
「遅いぞ、リトリア殿。三分の遅刻だ」
「すみません。剣の稽古をしていた際、観客人が多かったもので。この場所に来るまでに少々時間が掛かってしまいました」
もちろんそんなことはなかった。ただ単にここにあまり近付きたくなかったというのが彼の本音だろう、とマリーは心の中で思った。
「ま、ま。いいじゃないですかそれくらい。ささ、リトリアさん座って座って」
一人が着席を進める。リトリアはその指示に従った。
「ありがとうございます、審議官」
「いやいや。人には人の事情がありますからね~。人はそれぞれ! いいと思いますよ」
「それ、何のフォローですか?」
「人間としての教えです。どうか忘れてくれて構いませんよ」
「……あはは」
ならば、なぜそれを言ったのか。リトリアは理解できなかった。理解する気力すら
「さて、そんなことはいいとして。会議を始めましょうか」
――今日の議題・吸血鬼『ラスト・ブラッド』について―――。
それが、今回の会議の内容だった。リトリアは少し警戒したが、すぐに平常心を取り戻した。
「あぁ、今
「そういうことではないのだがね。ユーリ第一審議官殿。これは
「そうですか。少しは面白い報告がここでも聞けると思ったのですがね~。残念だ」
「……少しも残念そうに見えません…………」
ポツリと、マリーはむっとして呟いた。しかし、今自分で何を言ったのかを気付いてしまった。辺りを見回すが誰にも聞こえていなかったようでそっと胸を撫で下ろした。
「……?」
不意に目の前から視線を感じた。なんだろうと思って顔を上げると、にやついた表情でユーリがニコニコと笑っていたのが見えた。
(……えっ? もしかして今の聞こえてた?)
寒気が背中を襲った。失礼なことを言ってしまったのだ。
「どうしたマリー?」
「……いえ。何でも、ありません……」
「え・とてもそうは見えないけれど。汗をとてつもなくかいているようだけれど、大丈夫かい?」
「大丈夫かそうではないかと言われれば、後者に当たります……」
「え?」
「そこっ! 私語を
「……あ~、すみませんでした、第二審議官、クロユリ殿」
クロユリは御年七十を超える教会本部の
「まあまあ。クロじぃもリトリアさんも落ち着いて。ね? 味方同士で争っても利益なんて何もないですよ」
まったくもってそのとおりである。
「黙れ若造が! 何もできない青二才が口を出す出ないわ!」
「黙りませんよ、今は僕が第一審議官ですから」
ユーリとクロユリの間に見えない火花が飛び散っていた。静けさがミシミシと空間を締め付ける。そんな中、空気を変えたのは――
「私の事よりも、ラスト・ブラッドについて質問があるのですが」
――話を切り出したのはリトリアだった。
「質問?」
「はい。……ラスト・ブラッド、彼は今になって狙われているんでしょうか?」
そういえば。
なぜ今まで――正確には五十年前から今までの間である――彼は教会に狙われていなかったのだろうか。マリーもそれを聞いた瞬間、疑問に思った。なぜ今まで放っておかれていたのか。そして、彼とこの人との関係は……? 考え出すと必ず辿り着く。
「暗い顔だね。大丈夫かい?」
「あ、いえ……。申し訳ありません」
「ん? 大丈夫なら、いいんだけれど。……コホン。すみません、話が逸れてしまいました」
「いやいや。続けてください」
リトリアは話を続ける。
「モルターナ=シリウス=アリアルキ。彼の右腕が、力を失いつつあるからではありませんか?」
「!」
右腕。聞いたことがある。ラストブラッドの右腕はゲート維持の為、代償を持って、利用されていると。だが、この情報はごく一部の人間しか知らない。
なのになぜ、目の前にいるこの男はその事情を知っているのだろうか。ユーリの心は好奇心に満たされつつあった。
「君は……」
「右腕の力が弱まっている所為で異界とのゲートが開きつつある。だから、人柱としてまた彼を狙っている……。違いますか?」
「……人柱?」
マリーは純粋に疑問に思った。人柱とはなんだ、右腕の力って? 私は何も知らない。何にも、干渉することができない。力になれない。そんな自分を彼女は気に入らなかった。
「あの、リトリア司祭官……?」
「あ~リトリアさん。その話は」
「何も知らないと思わないでください。人はそれぞれ事情を持っているものでしょう?」
ユーリは一本取られた、といったような表情でやれやれと一息つく。その会話を見てか、クロユリは怒るまでそう時間が掛からなそうだった。国の重大な情報がいち隊長に知られているのだ。マリーは地雷を踏んだと、顔を青ざめさせていた。
「そうでしたね。その話は、また今度。それでは解散です。お疲れ様でした」
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