第五章

1話 マリーの疑心

 どうしてこうなった?

 どうして、私だけこんなに苦しまなければならないの?


 嫌な夢を見た。それはお母さんとお父さんがいなくなってしまう話。そこに私はいなくて、夢の中で両親はあの憎い吸血鬼にその血を吸われていた。

 何度「止めて!」と懇願こんがんしても、あの化け物は聞き入れてくれはしない。私は何もできないただの子供。手が震える。全身が恐怖で震える。

 どうして、私だけ……。おばあさまはどうしてあんな化け物を好きになったのですか? あの吸血鬼は非道な者。直接会ってみて分かった。あの化け物は人間という下等な人間を見下すのを好む、まさに下衆げすという言葉が似合う男だった。

 だがどうだろうか。本当にそうだったろうか。あの時、違和感を感じたのはいったい何故? どこか暗い影を帯びた彼。そこに私はどことなく違和感を覚えた。私に対しての視線がどこか……どこか、誰かの面影を私に重ねていたような、そんな感じだった。


 *


「どうして、そんな目で見るの……」


 ふと、頬に手を触れると、マリーの頬には一筋の涙が伝っていた。よくわからない感情が彼女の心をむしばむ。


「……はぁ……駄目だな。しっかりしないでどうする」


 自分はこの国を守る者だぞ。弱気になって……どうする。

 マリーは自身の頬をパンと叩き、教会寮のベッドの横に立てて置いた剣を取って稽古場へと急いだ。


 *


 稽古場は教会寮の中でも広く、剣を練習するには適している場である。


「……! あれは……」


 息が上がって視界が少しかすんでいたが、その存在はその疲れさえも吹き飛ばすくらい映えていて。銀の髪が汗と混じってキラキラと輝いている。振るう剣はまるで踊っているように。足はステップを踏むかのごとく軽やかで。いつの間にか周りには他の隊員たちが集まり、彼らはその剣舞に魅入みいっていた。


「ふっ、んっ、……ん? おやおや。いつの間にこんなに観客人が」


 剣を舞っていた人物――リトリアは周りの人数をようやく確認したようで、マリーを見つけると甘い笑顔を向けた。マリーはドキ、と心が跳ね上がった。その感覚を跳ねけて、手に持っていた自分が使おうとしていたタオルをリトリアに渡そうと傍へ寄る。


「隊長! お疲れ様です」

「マリー。あ、ありがとう」

「いえ……。それにしても凄い人数ですね」


 マリーはあたりを見回す。先ほどよりも一層、人が増えているような気がする。リトリアはマリーにもらったタオルで頬についている汗を拭き取っていた。そしてゆっくりとあたりを見渡す。


「しかし……なぜこんなにも観客が集まっているんだい? 君は何か知っているかい?」

「それは、隊長の剣舞があまりにも美しいからだと思います、が……?」

「そうなの? 剣舞って、舞った覚えはないんだけれどな~」

「隊長は、何をしてもそう見えてしまうのです」

「うーん、褒め言葉なのかけなされているのかよくわからないな。……そっか。魅せれる物になったか」

「何かおっしゃいましたか?」

「くすっ、何でもないよ。さて、教会定例会議に行こうか」

「はい!」


 マリーは先行くリトリアの後ろについて行った。

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