4話 嵐の前の静けさ

 しばらくしてシオンが帰ってきた。その表情はどこか元気がないように感じ取れた。いったい兄と何を話してきたのだろうか。アリアは気になったが、聞くのはやめておいた。せめて落ち着いたようになったら話そう。そう思ったからだ。しかし思わぬ方からそれは動いた。


「アリア」


 シオンから話しかけたのだ。あの落ち込みようでは一日二日は話をしてくれないと思っていたのだが。しかしこれはチャンスである。アリアは何だ? と質問を返した。


「さっき、アリアのお兄さんに会いました」


 奇遇きぐうだな。私も先ほど会ったよ、などと、言える空気ではなかった。


「そう。リトリア兄さんに」

「はい」

「それがどうかしたの?」

「……アリアのことを色々と聞きました。お兄さんとは異父兄弟いふきょうだいだってことも。右腕のことも。色々。正直、驚くことはありませんでした。でもなんででしょうね。少し……恐ろしくなりました」

「……それはどうして?」

「アリアの過去を聞いていくうちに、どうして今でもそんなに元気でいられるのかって。僕なら耐えられないって……想像するだけでも嫌な記憶ばかりだと思うのに、それでも懸命に生きているアリアを守れない。僕は、無力だ……!」


 そう切なそうな顔をしてアリアの横に座る。握る手が震えていた。本当にこの子は人の心配をし過ぎる傾向がある。そこだけがアリアがシオンに対して心配している欠点だった。アリアは体を起こし、シオンを包容する。


「よしよし……。そこまで私に感情移入をしてはいけないわ。このままだと、君が壊れてしまうから。大丈夫、大丈夫」


 大丈夫、大丈夫と何回もシオンの頭を優しく撫でる。次第に肩まで震えてきて、最終的には声を殺しながら泣き出してしまった。そんな小さく、弱い彼が、愛おしく感じた。


(私も、甘くなったなあ……)


 年を重ねるごとにその気持ちは一層増していくばかりである。正直、この考え方はジジくさいのだろうと感じた(実際、彼の年齢はジジイに相当するのだが)。

 ローズも、こんな気持ちだったのかな。と、シオンを優しく撫でた。


「ぐすっ……ごめんなさい、取り乱して」

「別に構わないわ。私からすれば君はまだまだ子供なのだから。どーんと大人の私に甘えればいいのよ」

「……複雑な気分ですね。幼女にそう言われるというのは」

「なっ!? それは関係ないでしょう! そもそも右腕を奪われ、力のないところにあの女からの呪いを直接受けたのよ? どうなっても仕方がなかったのっ」


 アリアはぷいっとそっぽを向いた。その動作はまるで幼女そのもの。シオンは涙に目をらしながらも「ぷっ」と噴き出して笑いだした。その様子を見てアリアも安堵あんどした表情を見せた。


「やっと笑ってくれたわね」

「ははっ……え?」

「こちらの話よ。なんでもない」

「そうですか。そうだ、アリア」

「ん?」

「今日は市街で精の付くようなものを買ってきたのですが――」


 今日ももう遅い。

 アリアとシオンはこの静寂の夜を他愛もない話で盛り上がりながら過ごした。

 嵐の前の静けさ。

この先に起こる『最悪』が、すでに近づいているということに、彼らは気づいていなかった。

 気づくことが出来ずにいた……。

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