2話 混血種の兄

「父が母に対して暴力をふるうようになったのは他の男が……というか本当の婚約者の長が父から母を取り返そうとした日からです。母は……本当に強かで美しい女性ひとでした。父に屈することなく、離婚しましたし。私は離婚したときに母に付いて行きました」

「あの、何を言って、っていうか話がぶっ飛んでいる気がするんですが!?」

「母は始祖はじまりの純吸血種です。それなりに位が高い人でした。そして綺麗な人でした。ああ、私たちのこの顔は、きっと母親似なのでしょうね」


 それは、遠回しに自分たちが美しいと言っているんですか!? シオンはどんどん複雑な気持ちになってきた。止めるタイミングを見失ってしまった。嫌そうな表情を浮かべながらもリトリアの話を静かに聞いていた。


「……あ、すみません。何の話でしたっけ」

「あなたが純血種じゃなくて混血種だって話ですよ。愛人だの不倫だのと、なんだか気になるワードを沢山並べていましたね」

「別に聞かれても困るものじゃないですし、なんなら話し続けますけど?」

「もういいです、お腹一杯なんで!」

「そうですか……残念です」


 くすくすと、彼は微笑ほほえんでいる。本当に読みづらい人だ。シリウスとはまた違う空気感がシオンを惑わす。関わりづらいというか、なんというか。この吸血鬼兄弟は本当に似た者同士だ。


「ただ者じゃない……」

「え? 何か言いました?」

「何でもないです。気にしないでください」

「……? そうですか。……はぁ、美味しかった。御馳走様ごちそうさまです。今日は本当にありがとうございました。こんなに誰かと話したのは久しぶりで、楽しかったです」

「そうですか。それはよかったです」

「はいっ」


 すごく無邪気な表情で、まっすぐ、シオンを見る。こういう所を見ると、やはりこの男はシリウスと兄弟なのだなと、血は争えないんだなと、そう感じた。


「それではこれで、私は失礼しますね……――あ」

「?」


 リトリアは何かを思い出したようで、くるりときびすをこちらにかえした。なんだろうか。シオンは一瞬ドキリとした。


「シリウスによろしく言っておいてくださいね」


 そう言い残すと彼は、微笑んで街の闇の中へと姿を消して行った。


 *


 ――『シリウスによろしく』……ねぇ。


 シオンは複雑な気持ちになった。敵の手中しゅちゅうにいる恩人の実の兄。大好きなはずのその実兄との再会は最悪だった。彼の思惑おもわくが読めない。

 シオンはシリウスのためだけに生きているし、シリウスの脅威となる存在が目の前に現れるものなら、例えシリウスの実兄であれど殺すことができるだろう。勿論もちろん、シリウスがそれを望まないのならシオンは何もしない。そう決めている。


「さてと。僕も帰るかな……。あれ?」


 レシートがない。一体どこに……。と、キョロキョロとテーブルの周りを見渡す。しかしレシートのような紙切れはどこにも見当たらない。仕方なく、近くにいた店員に声を掛ける。


「すみません、会計をしたいのですが」

「はい、あ、あのテーブル席の方ですか?」

「あ、はい。そうです」

「それなら先ほど済まされていますね。お連れ様ではなかったのですか?」

「え?」


 まさか。敵である、しかし恩人の家族である彼がおごってくれたのか……?

 ますます、彼が何をしたいのか、わからなくなったシオンであった。

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