第四章

1話 右腕の価値

 ふぅ、と一息つく。そして真っ直ぐ目の前にいる吸血鬼を見据える。

 リトリアは「そうでしたか。そういう経緯で、君とシリウスは出会ったのですね」と、特に不思議そうにもせず、話を最後まで聴いた。


「ええ。まあこれは運命だったんですよ。彼が僕のいた教会に来たのも、ばあさんを殺したのも、僕を引き取ってくれたのも。全部、偶然ではなく、必然だったと思います」

「そこまで言い切る人は初めて見ましたよ」

「それは光栄です」

「ふふ。本当にいい子を彼は選んだようだ」

「?」


 シオンは、リトリアの言っていることが理解できなかった。選ぶ、とはなんだろうか。


「……まあいっか。『今』が僕のすべてだし」


 シオンは独りごちながら気持ちを割り切った。結局何を言われようがされようが、彼には全く関係ないのだ。それほど、彼の意思決定は揺らがないのだ。だが、今回は違う。完全におくれを取った。今までが平和過ぎたのだ。感覚が鈍ったと痛感した。――二度と、あんなへまはしない。この話をしているとき、そう誓った。


「それにしても、アイリス嬢が数十年前まで生きていたとは、驚きでした」

「そんなに驚かれることなんですか? うちのばあさん人気者だったんだな」

「ええ。彼女の『先読み』は有名でしたから。そうでしたか。君が彼女のお孫さんでしたか」

「そんなに言われると、なんか変な気分ですね。そういえば、結局あの後またばあさんの呪いで少女に戻ってしまってすごく苛立ってましたね。『あのくそばばぁ!』って、いつも言っていましたが……今ではとても気に入っているようで、言葉も少女っぽくしているんですよ」

「ふふっ。あの子らしいですね。ふふふっ」


 彼の顔はまるでアリアに瓜二つ。少し、変な感じだ。

 いらっ。


(なんだろう。今一瞬、いらっと……?)


 シオンは胸のあたりを撫で下ろす。しかし何も起こらない。気のせいだったのだろう。シオンは一息つき、ふと疑問に思ったことを聞いた。


「……あの」

「はい?」

「不思議だったんです。アリアは一回本部に捕まっています。その時すでにあなたは教会本部の人間……だったのではないのですか? もしそうだったなら一度会っているはずですが……」


 その質問をするとリトリアは若干焦りを見せた。焦り、というよりも不安。悲しみといった方が正しいのかもしれない。その表情には後悔が見えた。


「……当時は、教会からの信頼が無く、その情報が教会中に渡った時にはもう、逃げられていました」

「はは、アリアらしい」

「ですから今でも彼は本部の標的ですよ」

「――!?」

「? 当たり前でしょう。、のですから」


 その声音こわねは、先ほどとは違い、酷く、冷ややかなものだった。

 シオンは謎の悪寒おかんを感じた。

 目の前の優男から。恐怖を。だが、それも一瞬で消え去る。


「でも今度は何もさせない。今度こそ、私が守って見せます」


 その目には揺るぎない意志が見えた。


「……疑問に思っていたんですけど、いいですか?」

「なんでしょうか?」

「アリアの右腕について、なんですけど……。!?」


 瞬間、リトリアから殺気立った空気が流れた。シオンの体が急激に固まった。この空気、店の店員から客までを一気に凍らせた。それほど、この男が強いということだ。

 その目の前にいる吸血鬼が怖い。リトリアという人物を直視できなかった。


「あの、落ち着いてください。殺気だけで周りの人間を殺す気ですか」

「……。すみません。気が動転してしまって、つい」


 つい? つい、で片づくのか? この状況は。と、シオンは正直、引いていた。


「……弟の右腕は、あの子が教会に捕まってから数週間後に、聖剣『ベルべルク』によって斬り落とされました。教会の人間全員の前での公開処刑の中で行われたそうです」

「……っ」

「聖剣で斬られたものはどんなことをしても再生不可能です。ほとんどの魔物はことごとちりとなっていきました。幸いにもシリウスは、吸血鬼の中でも最高位につく地位の者です。そこら辺の魔物とはレベルが違いますから、消滅することはありませんでした。ですが」

「ですが……?」

「シリウスの右腕の価値は、ご存知ですか?」


 いきなり何を言い出したんだこの男は。

 シオンは頭の上に『?』マークをたくさん並べた。


「それは……いったい?」

「シリウスは。その体には……特に利き腕の右腕にはかなりの力が凝縮されています。今、あの子の右腕は教会の中に存在する、異世界へと繋がっているゲートの鍵としての役割を担っています。世界均衡を担ってしまっているんです」

「そんな……」


 要約すれば、シリウスの右腕は今や世界の均衡を保つための教会のゲートの鍵になっているという。鍵……ということは腕が媒体ばいたいになっているのだろうか? シオンは益々ますます何を言われているのか分からなくなっていた。


「ですから、あの子を救いたければ、一番手っ取り早い方法は教会からあの子の右腕を探し出し、奪ってしまえばいいのです。……まぁ、腕を盗んだ時点でこの世界の均衡バランスは崩れ、もう一度あの大地震が起きるとも、考えられますがね。一か八かの勝負です」


 弟を救うためにはどんなことをしてでも成し遂げる。それがこの人の覚悟だった。

 ため息をひとつ吐いたシオンは状況を整理し、リトリアに話しかける。


「大体、状況はわかりました。……あれ? そういえば、リトリアさん」

「はい」

「リトリアさんは、純血じゃないんですか?」

「えっ?」

「さっきからずっとシリウスのことを純血種だって言ってますけど……リトリアさんはどうなんだろうって思って」

「私、ですか?」

「?」


 少し、戸惑っているように見えた。言葉に詰まっている。そんなように感じられた。シオンはどうしてこんなことを聞いてしまったのだろうかと若干、後悔をしていた。触れてはいけないとこを触れてしまったのかな? とシオンは黙ってしまったリトリアの方をそろりと見る。そこにあったのはシオンが想像していた表情とは掛け離れた、なんとも穏やかな表情だった。


「私は――純血ではありませんよ」

「え」

「シリウスとは半分しか血が繋がっていないんです。私は母が吸血鬼で、父がリータスベルの魔族王でした。シリウスは母と、ずっと前から婚約をしていた吸血鬼の長との間に生まれています。……私の父は、不倫していたんだ。愛妻家あいさいかだったんですけどね!」


 シオンは黙ってしまった。

 そこで思ったことはただ一つ。


 ――なんだこの昼ドラ展開はっ!

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