6話 僕のヒーロー

「うおおおお!」


 ひとり、人間がシリウスに攻撃を仕掛ける。しかし、紙一重というところでひらりとかわされてしまう。彼の攻撃は実に優雅ゆうがで、美しい。その攻撃は一網打尽いちもうだじん、という言葉がしっくりくる。素人目の僕にもそう見えてしまう。きっと、彼は今まで沢山のものをその刀で斬り伏せてきたんだろう。

 シリウスは刀を軽く人間の頭上へと振りかざし、そして何も感じていないような冷ややかな目で人間を斬り伏せた。


「ぎゃああああ!」

「身の程知らずめ。この『ラスト・ブラッド』に歯向かえばどうなるのかなど、教会で習っただろうに」

「う、うぐぅううう! 化物……!」

「……」


 僕はこの状況を、何故だか楽しんでいた。心がとても高揚こうようしていた。こんな経験、他ではできない。だから僕はなぜだかドキドキしていた。……彼はどうなのだろうか。……いや。こんなに敵にけなされて、楽しいわけがない。視線を向け彼を見ると、ふと彼の口角が歪んで、上がった気がした。


 ――笑って、る?


 血に塗れた美しい銀の髪。頬に垂れた人間の血。ペロリとそれを舐める。なんだか、先ほどまで僕を優しく包んでくれた彼がそこにはもういないように感じて。

 恐ろしく彼に恐怖した。同時に、興奮した。この人はこんな力を持っているのにずっと嫌われて続けている。なんで、そんなに強く生きられるのだろうか。その姿をはたから見て、僕はひとつだけ思った。


「……悲しい人だな、あんたは」


 ぽつりと呟いたその言葉。僕は彼に何を求めているのだろうか。


「……」


 目が、合った。今の聞かれてたのかな……。もしかして怒られる? そう思って反射的に目を伏せる。しかし、何もされない。目を開けた。何か違う。僕に向けられたそれは狂気じみた目ではなく、まるで――


 ――まるで、僕を通して誰かを僕と重ね合わせてみているような――。


 だが、次の言葉は僕の予想を超えていた。

 敵を斬り伏せたシリウスが刀を納めてこちらへやってきた。


「怪我は、無いか?」

「え、あ、うん。大丈夫」

「そうか。それはよかった」

「……うん」


 正直、彼が僕を心配してくれるなんて、思ってもいなかった。

 だから、何も言い返せなかった。だって、とても悲しげな表情で安心するんだから。これじゃあ僕が悪いみたいじゃないか。まあ、この際どうだっていいけど。

 だってこの人が今日から僕の『親代わり』になってくれるんだから。

 それだけで僕の心はウキウキとした。烏滸おこがましいかな? と思いながら僕は彼の、シリウスの手を握ろうと手を伸ばす。少し、ためらった。その手を取ったら僕もこの手を赤く染めなければいけないのだろうか。そういった気持ちが襲った。しかし、この人についていくと決めた。僕は決めたのだ。初めて、自分の意志で。だからもう迷わない。


「僕は迷わないよ、シリウス」

「ん?」


 僕はデュラハンの誇りを、影をシリウスのために使うと決めた。そうすればきっと『誇り』を忘れずにこの先も生きていけるから。僕は、すぅっと息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。そして穏やかな顔で僕はシリウスの方を向く。


「なんでもないよ。……行こ?」

「そうか」


 うん。だから安心して、僕を頼ってよ。今だけは休んでて。僕が敵を倒してあげるから。

 僕のヒーロー。

 僕だけの、王様。絶対に守ってみせる。


 ――たとえ、何が敵であろうとも。

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