3話 デュラハンの末裔

 出会いは「最悪」。

 それは、ロンドンとリータスベルが反転してから約二十年後の話。

 雨が降り止まない一日だった。僕はその雨の中一人でぽつりぽつりと歩いていた。何もない。そう、何もないのだ。


 *


 デュラハンという、首無し騎士という異形の者が存在する。

 由緒ゆいしょ正しき、それも五百年前から生きているデュラハン。誇り高き騎士。それが僕の祖母、アイリス=ヴァーミリオンだ。

 僕は、この祖母に人生の大半を育ててもらった。なぜかと言えば、僕の両親はすでに他界しているからだ。なんでも、父親は優秀な警察官だった。

 ある時を境に空間移動装置リヴァイアサンというものが設置されたが、僕はあまり興味がなかった。このリヴァイアサンを警護するのが父の仕事だったという。詳しくは知らない。父の顔すら覚えていないのだから、まあ当たり前だ。このリヴァイアサンの誤作動によって、父は死んだという。かくいう母親はというと、祖母の血を二分の一受け継いだデュラハンのハーフ。首がない祖母と違って、母は美しい女性の顔をしていた。というのも祖母が大切に所持している両親(だと思われる二人)の写真を見てそう思っただけだが。

 母は、リータスベルで生まれ育った。そして父と結婚し、ロンドンで生活を始めた。僕を産んでから数年後、母は僕が物心つく前にリータスベルへ置いて行った。その意図というのも、リヴァイアサンによってロンドンに迷い込んだ魔物たちから僕を守るためだったらしい。母はその魔物たちに襲われて死んだらしい。そこに「悲しい」という感情はなかった。今まであったことない人にどう悲しめというのか? 子供ながらに僕は悟ってしまった。

 それから僕は祖母――以下・ばあさん――の下で暮らすことになった。あまり話に聞いていなかった、というか母親と父親の記憶もあるかないかというのに僕はばあさんの元へと預けられた。まぁ、親戚の家をたらい回しにされるよりはマシだったので僕はこころよく引き取ってくれたばあさんに感謝した。

 第一印象は「え」という驚きだった。首が無い。なのに生きている。首が無いというのは少し語弊がある。首を傍らに置いているからだ。その首が喋るのだ。魔物にいくら慣れているとはいえ、少し驚いた。

 ばあさんは世界を見通す力を持っていた。首が無いのに『見通す』という表現は可笑しいと思っただろうか? しかし、本当のことだ。

 ばあさんは影を操る能力者でもあった。僕はその能力を四分の一、引いている。リータスベルではそう珍しくなかった。僕のような存在は沢山いたし、何より、それが誇りだった。

 しかし――。

 あの日、リータスベルがロンドンと同化した大地震が起きた日、リータスベルに住んでいた魔物どもは混乱した。混乱して、戦争まで起こした。僕は、ばあさんと共にロンドンの小さな教会へと逃げおおせた。それが今、僕たちが住んでいる教会だった。


「ばあさん、僕たちこれからどうなるの?」


 僕の問いに、首が答える。


『……どうなるんだろうね。とりあえずはこの世界でやっていくしかないよ』

「……でもどうやって? この世界は『人間』がいるんでしょ? 僕たちとは違うんでしょ?」

『あぁ、違う。私達とは違い下等な生き物だ。誇り無き生き物。ああ、可愛いシオン。自分を見失うな。誇りを持て。そうしていればいつか運命がお前を導いてくれるだろうよ』


 ばあさんは自信家な性格の人だった。その自信に満ち溢れた格好良さが僕は好きだった。そしてロマンチストでもあった。僕はばあさんをこの頃からリスペクトしていた。だが、それと同時に僕はばあさんのことをどこかで静かに嫉妬していた。どうしてこの人はこんなに完璧なのだろう。どうして僕はこの人みたいになれないんだろう。どうして、どうしてどうしてどうして。どうして? 狂っている。僕は、醜い存在だった。


 ロンドンの小教会で暮らし始めてから、僕は本格的にデュラハンとしての自覚を持とうとばあさんに修行をつけてもらおうとしていた。内容は影のコントロール。影さえ自在に操ることができればデュラハンとして堂々と生きていけると思ったからだ。しかし、どうもうまくいかない。何がいけないんだろうか?


「ばあさん。……影がうまく操れない。どうしたらいい?」

『そうだねぇ。……お前は、コントロールすることばかり考えているんじゃないか?』

「そうだよ? だって、そうしないと操れないじゃないか」


 操る、というのはそういうことなのではないのか? と、当時の僕は本当に思っていた。


『操るんじゃない。自分の体の一部だと思って使うんだ。こういう風にね』


 そう言って、ばあさんは掌を僕に見せた。僕はそれを覗く。皺一つない彼女のてのひら。その上に薄い、ひょろっとした『影』がもやもやとそこに現れた。これがデュラハンの誇りだ。僕は、この力が欲しい。持っているはずのこの力が、僕は欲しかった。

 僕は食い入るようにその影をずっと見ていた。その時の祖母の顔は見れなかった。だが、ふふっと笑っていたので優しい笑顔をしていたに違いない。


「僕も、いつかばあさんみたいに誇り高いデュラハンに――」


 だが、それは叶わない。

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