第三章

1話 人違い?

 アリアが眠ったのち、すぐにシオンは街へ出て行った。

 アリアが敵である本部の所為せいで倒れ寝込んでしまってるため、精力の付く料理を振る舞うべく食材を買いに来ていた。もう少しだけ、彼女――正しくは彼――のそばについていたかったが、それではアリアの睡眠の邪魔になる。それだけはどうしても避けたかった。

 シオンにとってはアリアがなのだ。

 からずっと。

 もっとも、アリアは『寝込んでいる』のではなく、ただ単に、元の体に急激に戻った所為で衝動的な睡眠欲求(反動)が来ているだけなのだが、シオンにとってはそれが『寝込んでいる』と同意なのだろう。今までシオンがアリアの、いや、アリアがシリウスに戻った時など、一度も見ていないのだ。前例が無いのだから無理もないだろう。と言っても、今回アリアがシリウスの体に戻ったのは、ほんの数分の出来事だった。

 シオンにとって「モルターナ=シリウス=アリアルキ」という人物はヒーローなのだ。そんな彼が本部の人間を前に倒れてしまったとき、シオン自身、動けずにいたことを後悔していた。動けるはずだったのに、動けなかった。


「反動による睡眠欲求か……」


 シオンは少し暗い顔をしつつ、目的地である市場へと向かった。


 *


 住んでいる教会から街に向かうと、初めに目の当たりにするのは小さなスラム街。そこを少し歩くと、細い路地裏があり、その道を通ると小さいが賑やかな街市場が存在する。人々は活気づいていた。

 ここはリータスベル最小の街市場、フランズワースである。田舎にある小さな市場だが、品揃えはなかなか悪くない。


「……魚は、まだあったな。肉は切れていたような……。精力を付けるにはやっぱ肉かな」


 などと呟きながら歩いていると、知らない人に肩同士がぶつかってしまった。シオンはすぐさま頭を下げ、謝った。


「すみません!」

「え?」

「え……?」


 恐る恐る顔を上げると、見知った顔がそこにいた。

 見知った、というか、知っている顔だった。

 銀髪の髪に貴族衣装。どこからどうみてもシオンの目の前にいるのはシリウスと同じ顔、同じ背丈、同じ雰囲気をまとう青年だった。ただ違うのは、髪の長さだろうか。肩よりも長く、三つ編みをして結っている。


「アリアッ……!?」


 ついに声に出してしまった。あ、と思った時にはもう遅かった。ぶつかってしまった人の眉が少し動いたような気がした。

 すると、相手はゆっくりと口を開いた。


「えっと、人違いではないでしょうか?」

「あ、そう、ですよね。すみません。似たような容姿の方が僕の友人にいたものですから」

「そうでしたか。実は、いま、探している人がいまして……。よかったら一緒に探してはくれませんか?」

「は、」

「恥ずかしながら、この街に降りたのは今日が初めてで」


 何を言っているんだろう、この人は。それが、シオンがその貴族に持った第二印象だった。

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