8話 敵襲

 早く行かなければ。

 しかし、私の道を、少々の敵が邪魔してくる。一匹ずつ斬り倒していくのもスリリングで楽しいが、今は時間が惜しい。倒すのではなく、私は切り抜けることに専念した。


「きゃぁああああ――‼」


 近くで、女性の叫び声が響いた。この声色は、聞き馴染みのある声だった。一瞬で何が起きているのか理解した。ローズだ。


「ローズ!」

「……シリウス‼」

「良かった……! 無事だったんだね」


 彼女の無事を確認した私は安堵した。手を差し伸べ、私は、彼女を安全な場所へと誘導しようとする。――しかし。


「……ローズッ! 危ない‼」


 安心したのも束の間。ローズの背後に巨大な魔物が大きく手を振りかざしていた。私はとっさに敵を斬り倒し、ローズを自身の肩に引き寄せる。ローズは、震えていた。そして、同じくらい熱くなっていた。


「ローズ……? 大丈夫かい?」


 ふと心配になったので声をかける。すると俯いていた彼女は勢いよく顔を上げた。真っ赤に顔を染めて、その瞳には涙が溜まっていた。


「大丈夫……! こんなことで私は負けない!」


 良かった。恐れているわけではないようだ。私は彼女の顔を持ち上げる。その眼には強い闘志が見えた。そういう強気なところにも惚れたのだ。

 私はニヤリと口角をあげ、言った。


「顔赤いよ?」

「なっ……! そんなことないわ! これは、そう! 全力疾走したからよ!」

「そう? それならよかった」

「うっ、……あなた、意地が悪いわよ」


 彼女はぷくりと頬を膨らませた。実に微笑ましい。私は思わずほころんだ。だが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。


「そんなことよりも。ローズ、これは一体どういうことなんだい?」


 すると、彼女は一瞬びくりとして、一度上げた顔を俯かせた。話しかけようと肩を触ろうとすると更に肩をビクつかせた。よほど先程のことがトラウマになったのか。あるいは。この事態が彼女自身と関係があるのか。私が考えついた答えはその二つだった。

 彼女のあの笑顔がかげるのは嫌だったが、そんなことを言っている場合ではない。


「ローズ」

「――どうしようシリウス……! 私、私っ!」

「落ち着いて。いいことに、ここには誰もいない。何も隠すことなんてないんだ。……それとも、私にも話せないことなのかい」

「そ、う、じゃない。そうじゃないの。どうしよう、なんであんなことにっ」

「ローズ!」

「! ……ごめんなさい。一旦落ち着く時間を頂戴ちょうだい

「あぁ。……どうぞ」


 ローズは胸に手を当ててゆっくりと深呼吸をした。風が痛い。つい先ほどまで戦場だったこの場所であまり時間を使いたくないが、致し方ない。ここ以外が危ないのだ。

 魔物たちは大丈夫だろうか。シトリーは。思考を止めず、彼女を気に掛けるともう一度大きい深呼吸をしていた。


「――ロンドンで、今何が起きているか。よね」

「ああ、こっちでは内戦がここ二年間絶えなくてね。いきなり『ここは我々の土地だ。吸血鬼のいるべき場所ではない』とかなんとか。これは関係ないか……」

「……いいえ。ある意味では、関係しているのかもしれないわ。ロンドンでも、テロが多発しているの」

 

 ローズ曰く。

 

 ここ数年、彼女の父が開発したロンドンとリータスベルとをつなぐ空間移動装置リヴァイアサンの誤作動により悪魔や魔族、吸血鬼たちがロンドンへ移行していたらしい。しかしごく少数だ。ロンドンで事件が起こるほど、彼らは獰猛どうもうではない。ではなぜテロが多発しているのか。


 それは、あの『法律』が関係しているという。


 近年、魔族たちの強欲さが増してきた。ロンドンへ迷い込んできた魔族たちは温厚な性格だった。だが、リータスベルの魔族たちは、「人間界に迷い込むなど魔族の名折れ、恥だ」と、怒りを覚えた。また、英国人も不安を覚えた。「なぜ逆世界の魔族を、助けねばならないのだ」などと、文句が殺到した。

 どうして今まで、争いが起らなかったのか、この話を聞いて不思議でならなかった。

 そして、ローズ父は国の教会に目をつけられた。リヴァイアサンを開発した彼が真っ先にこの問題を作った原因として、疑われたのである。彼はその現実を受け止めた。しかし、英国人の不安や反感は消えることがなかった。その反感は、現地の魔族たちにも影響した。


「それで、君の父が疑われたのと同時に、魔族たちがテロを起こし始めたと。で、なんで君まで? 狙われる必要が分からないが」

「教会側の人間が、私のことを調べていたの。それで、その……」

「私のことが、知られたと?」

「……ごめんなさい!」

「いや、大丈夫。知っているだろう? 私はそんなに弱くはない。それに、まだ攻撃されたことが無いから大丈夫だ。とにかく、君が無事でよかった」

「シリウス……!」


 その時である。

 結構近い距離で、何か爆発する音が木霊こだました。


「何の音!?」

「おそらく敵襲だろう。ローズ、こっちへ」


 私は彼女の手を引き、思い出の湖へと急いだ。あそこならば誰も知らないし、敵も容易には入って来られないだろう。そう思ったからだ。

 ここから湖まではそう遠くない。しかし、彼女の息は荒くなる一方だ。手に力がこもる。体に緊張が走っているのだろう。触れているだけで、わかる。震えているんだ。


「大丈夫か」


 優しく、壊さないように、声をかける。目が潤んでいたが、その瞳はまだ生きていた。


「……大丈夫そうだな」

「えぇ」


 強く握りしめられた手が、緩んだ。


「そういえば、リオナはどうしたんだ。無事なのか」

「あっちは大丈夫。夫の実家に帰郷しているはずだから。私は、お父さんに呼び出されて」

「そうか……。――!」


 目の前に、魔族が数匹。私はとっさにローズを抱き上げ、高く飛んだ。そして、魔族たちの頭上で月光花を呼び出し、思い切りよく振りかざす。次々に溢れ出てくる敵をなぎ倒してく。まだあの湖には敵は回っていないはずだ。


「きゃぁ!」


 不意に、ローズの悲鳴がシリウスの耳を穿うがつ。どうかしたのだろうか。今の魔族たちには指一本触れさせていないはずだが……。そう思った途端、不安になりシリウスは走るスピードを落とさずにローズを気に掛ける。


「ローズ! 大丈夫かい? どこか今ので怪我でも……!」

「い、いいえ。ちょっと、ビックリしただけよ……。ごめんなさい。助けてくれたのに」

「無事でよかった。……もう、追ってきていないよな」

「誰もいないわ。だって、あなたがすべて倒してしまったもの」


 そうだった。ローズを守ることだけを考えていた。気が付けば私の周りにいたはずの魔族たちが私の足元に血を垂れ流して倒れていた。それらのしかばねを踏み倒していきながら私たちはやっとの思いであの湖へと辿り着いた。

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