5話 見せたい場所

 それから二年後、ローズはこちらの世界に遊びに来てくれた。子供ができたらしい。愛らしく、ローズに似た顔をしていた。見ているだけで私も幸せな気持ちになった。


「母様も、こういう気持ちだったのかな……」


 ローズは幸せそうな家庭を作っているそうだ。正直、私は人間が分からなかったのだがローズの表情を見れば、きっとそうなのだと、一目でわかった。ローズはあの頃の十歳の少女ではない。成長し、すっかりお母さんの顔になっていた。


「ローズ、今度は一人で来てくれないかな? 見せたいものがあるんだ」


 私はローズに話題を振った。少し、子供に嫉妬してしまったから、話をそらそうとしたのだ。だが、本当に見せたいものがあったので、好都合ではあった。


「え? まぁ、別にいいけど……。まさか悪魔の巣窟とかじゃないでしょうね……?」


 疑われてしまった。私は苦笑いをした。


「危険な場所ではあるけれど、悪魔が沢山いるわけではないから安心してくれ」

「安心できないわよ! ……でも、シリウスが守ってくれるんだったら」

「うん。君は私が絶対守るから。絶対傷つけさせないよ」

「……よく、そんな恥ずかしいセリフがすっと出てくるわね。ま、そういうところに惚れたんだけれど」


 くすっと、彼女は微笑み返す。私は彼女の笑顔が好きだった。

 すると、ローズの娘がきゃっきゃと笑った。そして、私の指を掴んできた。私はその光景を見て感動した。あぁ、人間という生き物は壊れやすいものなのに、吸血鬼にとっては人間の生きる長さは一瞬でも、その中で生き続けているのだ。子供は、宝なのだなと、感心した。自然と私の頬もほころんだ。


「ふふっ。リオナも嬉しそうね。……そろそろ私、戻らなきゃ」

「うん。じゃあ、また今度」

「また今度」


 そうして彼女は帰っていった。大丈夫。彼女は必ず戻ってくる。そう信じて、私は森の奥へと帰った。


 *


「――ローズ!」


 約束を交わしてから八年後。彼女は二十八歳になった。


「お久しぶりね、シリウス」

「うん。とても元気そうで安心したよ」


 彼女はますます美しくなった。まるで――


「……母様みたいだ……」


 あまり覚えてはないが、なんだか母様のような陽だまりのような暖かさを彼女から感じた。


「?」

「いや、その……っ。何でもないよ」


 私は急いで目をそらした。多分、私の顔は熟した林檎のように赤くなっているだろう。


「そう? 八年って、案外早いものね。相も変わらずあなたは会った当時から変わらないようだけれど」

「嫌味かい? ……私は、君は出会った時よりも、綺麗で美しくなったと思うけれど?」

「……そういう言い返し、あまり好きではないわ」

「ごめん。本心でそう思ったんだけど」


 そう言って、ローズは笑った。何故、笑われたのか、私は理解に苦しんだ。すると、私の行動を見かねてか彼女はこう教えてくれた。


「ふふっ、馬鹿ね。そういうところが魅力的だって言ってるのよ」


 そうか、褒め言葉だったのかと、私はようやく理解する。そう思うと、ますます私は彼女のことを好きになってしまいそうになった。

 そう。なってはいけない。

 なぜなら、彼女は人間で、私は吸血鬼だったからだ。

 すぐにその思考が頭の中を埋め尽くした。こんなことを考えていないで、彼女を楽しませなければ。約束を、守らなければ。私は頭の中を空っぽにしようと努力した。しかし、それは叶わなかった。欲望が、私の邪魔をした。こんなみにくい感情、今まで自覚することなんてなかった。だから、どうこの感情をコントロールすればいいのか、わからなかった。


「……ローズ、私は、」

「え? 何か言った?」


 いや、彼女に言うのはやめよう。これは私だけの秘密だ。こんな醜い感情は奥底に仕舞っておこう。私はすぐに笑顔を取り戻す。悟られないよう、隠し続けよう。


「いや、なんでもない。じゃぁ、行こうか」

「えぇ。……って、いったいどこへ?」


「――君が絶対気に入るところだよ」

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