4話 悪夢へのチケット

 そして、彼女は森の奥へと消えて行った。

 私は、まだ頬の熱の余韻に浸っていた。


「……うん、待っている」

「――あの娘、どうして食べないの? 食べないなら僕が食べてあげるよ」

「……シトリーか」


 ぬるりとした声が背後から聞こえた。その声に合わせて肩に白い手がスルスルと入ってくる。後ろを振り返ればニヤニヤとした顔をした、白い少年が立っていた。

 シトリー。ソロモン七十二柱のうちの一人で、悪魔である。

 私の家系は昔から悪魔との親交があり、父親が契約している悪魔や他の魔族を自ら再契約した者ならば従えられる。シトリーもそのうちのひとりだった。シトリーは一歩間違えれば、美しい女性に見える。

 彼は、私を不気味な笑みで見た。


「ねぇ、シリウス様。どうして食べないの?」


 私は、はぁ、とため息をつき、「またその話か」と呆れた。


「シトリー……高貴な悪魔のくせして相手から獲物を横取りする気か? というか、私はローズを愛している! そんなことは断じてしない!」

「ふーん。ふ~ん。そうなんだ~」


 シトリーはつまらなさそうに、空を見上げた。

 ぼーっとしているその姿はまるで普通に人間の少年の様だった。


「これで、悪魔だっていうんだもんな……」


 そんなことを呟いていると、突然、シトリーはハッとして私を凝視した。今のを聞かれたのだろうか? 何も言っていないように振舞おう。私は一回咳払いをしてシトリーを見る。


「ど、どうしたんだ? シトリー」

「あー。えっと、ですね。……最近ここら辺に『生きた』人間が入り込んでいるって知ってましたっけ?」

「初耳だけど?」

「あちゃ~、やっぱり?」

「なんでそんなこと聞くんだ」

「あ~……ごめんなさい」


 ペコリ、と普段とは違い一変して真面目になったシトリーを見て、私は少しだけ彼に恐怖を覚えたので、後ろに数歩下がった。


「……で? 他にも言うこと、あるんだろう?」


 うん。と、シトリーはうなずき、説明をし始めた。

 彼曰く。

 最近、ここらに人間が入り込んできている。おそらく、こちらの世界の資源を盗んでいるのだろう。ということだった。


「それでどうする? って、フォルカスさんから伝言が」

「フォルカスが?」


 私は考え込む。人がこちらの世界に来る時の扉というのがこの世界には存在する。それはローズの父が開発した空間移動装置のことだ。その扉を守っているのは確かにフォルカスという父の代から契約している、悪魔だった。私が命令して守らせているというのが正しいのだが。

 しかし、彼はを気にする性質たちだっただろうか?


「解ったと、フォルカスに伝えておいてくれ。……それから人は食うなよ」

「……わかったよ。じゃあねシリウス様」

「あぁ、頼んだ」


 シトリーを見送り、私は一息つく。風が吹き、木々の葉を落とす。


「……ふむ。考え過ぎか。……帰ろう」


 そして、私はきびすを返し、前へと歩き始める。森の奥へと、進んでいった。

 このとき、すでに事態は起きていた。

 物語はバッドエンドへと進んでいく。


 そして、私は悪夢へのチケットを、持ってしまったんだ。

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