3話 リヴァイアサン
彼女と出会ってから、ちょうど三年が経った。
あれからというもの、彼女は三か月に二・三回ほどの頻度でこちら側へ通ってきた。なんでも、父親が世界の均衡について研究している教授だそうで、こちらの世界とあちらの世界をつなぐ空間移動装置――リヴァイアサン――を開発したらしい。この世界に来ているのはある意味、実験も兼ねているそうだ。そんな危険な実験に、実の娘を連れてくるなんて、おかしいと思うのだが。まぁ、ローズ自身が楽しそうにしているので、私は自分の中で良しとした。
「どうしてシリウスは年を取っていないの?」
「えっ? ちゃんと取ってるよ。若く見えるのは魔族だから……? 成長が遅いからだ、と思う」
「ふうん。シリウスって、吸血鬼なのよね。食事とかってどうしてるの?」
「……この世界へ迷い込んできた人間や、他の気に入らない魔族を喰らっているけど。それ以外は無いかなぁ? そもそも魔族ってあまり美味しくないんだよね」
「へ、へぇ……。よくお腹壊さないわね」
「? 私たちにはこれが普通のことなんだけれど」
そんな他愛のない話を、何時間もした。彼女と話している時間が私の人生の中で輝いていた日常だったろう。彼女は私に無いものを次々に教えてくれる。
楽しいこと。悲しいこと。笑顔、自由、喜びに、寂しさ。
そして、
恋――。
「今の私には、大切なもの過ぎる物が沢山出来てしまったな。私の方が君より何倍も大人なのに、ローズには教えてもらってばかりだな」
「……何倍も大人、ね。人間からすれば、あなたはもうヨボヨボのおじいさんよ」
彼女との時間を、もっと大切にしたい。
毎日来てほしい。それが私の願望だった。そんな私の妬ましい心を知らないローズは愛おしい笑顔をこちらに向けている。私は良心が少し、痛くなった。
「……ローズ。ひとつだけ約束をしてほしい」
「? なに?」
「君と私では、生きることのできる時間があまりにも違うのは、賢い君ならわかるよね」
「えぇ。それはわかっているわ。私とあなたでは生きている世界が違うもの」
「……だから、また今度会う時も、元気に来てくれないか?」
毎日来てほしいという願いは叶わないと、さすがに自分でも理解していた。それはあまりにもハードルの高い我が
毎日とは言わない。せめて彼女には元気でいてほしい。人間とは儚いものだ。だから、とても、心配だった。
「私は、君が好きなんだ」
独りごちた声は風の中に溶けていった。
サァ、と心の中で風が吹いた。ような気がした。
*
ちょうどその頃。いや、私がローズに叶わない告白をしてから五年経った頃。私や同族の吸血鬼たち・魔族たちに、ある『法律』が作られた。
「『ロンドンにおけるリータスベル魔族の援助法』? なんだい、それは」
「えっと、ロンドンへの入国をしてしまった魔族たちを助ける……みたいな法律だったかしら?」
この法律が制定されたのが、ローズが十八歳の時である。
私にとっては『たかが』八年という年月だったが、ローズたち人間にとっては『されど』八年という年月だったのだ。あんなに幼かったローズが心身ともに大人になってしまった。人間の成長というものはこんなにも早いものなのか。私は感心した。
この法律は、この八年の間にローズの父が出世したらしく、その研究結果を発表したところ、国からその研究の援助が認められたもの。その研究の一環でローズが父にリータスベルの魔族たちに何かしてあげられないかとお願いしてくれたそうだ。
「例えば、ロンドンに迷い込んだリータスベルの魔族が無事に帰国できるようにする援助とか。手を取り合って助け合いましょうみたいなことね! どう? 嬉し、」
彼女が言い切る前に、私は無意識にローズを自身に引き寄せ、そして優しく抱きしめた。
「えっ? ちょっと、シリウス!?」
彼女はあたふたとして私を引っぺがそうとするが、私は意地悪そうに少しずつ力を込めていく。びくりともしない。そして、
「ありがとうローズ」
私は彼女の耳元で甘く囁いた。それを聞いたローズはドッと驚いて「大丈夫?」と声をかけた。私のキャラではなかったのだろう。うーん……いつもと違う雰囲気に、彼女は何かを読み取ったようだ。
「あぁ、大丈夫。いやなに、うれしくてついね」
「うれしい?」
「この法律、きっと私のために申請してくれたんだろう?」
「そ、それは……、そうだけど……」
ローズは頬を赤らめて俯いた。こういう表情が愛おしく感じる。私はさらに、彼女に惚れてしまった。叶わない恋だと知りながら。
「シ、シリウス」
「ん? なんだい、ローズ」
「私、シリウスが好き」
いきなり何を言い出すんだ。
私はいま、何を言われたのだろう。頭の中が真っ白になった。
「ライクじゃないわ、ラブの方の『好き』よ? ……でも、お父さんが、私が魔族と結ばれることをよく思ってないの。……それで、相手が、できたの」
私は一瞬、思考が停止した。どう、反応すれば、正解だったのだろうか。ほろほろとローズは泣き出してしまった。
「……そうか、相手が。良かったじゃないか。それで、……。どうして君が泣くんだい? 私は別に」
もっと泣き出してしまった。ローズは私に抱きついた。心臓が飛び跳ねる。
(な、ななななっなななっ!?)
とても冷静ではいられなくなったが、理性を保つように私は努力した。しかし、ローズは大声で泣きわめいている。どうすればいいのか、わからなくなってきた。
「お、おいおい。どうしたというんだい? ……君らしくもない」
「だって、私、シリウスと一緒にいたいんだもの! ずっと、人のいないこの地で! 一緒に住みたい! 生きたい……!」
驚いた。
ローズは本当に、私という、『シリウス』という男に、惚れていたのだ。
私と同じで、お互いを愛し合っていたのだ。
「…………ありがとう。嬉しいよ、ローズ。じゃあ、今度来るときの約束をしよう」
「? ぐすっ、なに?」
「君の子供が見たい」
「ぐすっ。わかった。約束する。すぐに結婚して、すぐに子供作って、こっちに戻ってくる!」
「いや、いや。ローズ、すぐには子供はできないと思うけど……。まぁ、いいか。約束だよ。私はいつでも君を待っているから」
「うん。私もシリウスとの約束、絶対に忘れないから」
そう言うと、ローズはスクっとその場に立ち、そして私の頬へ――キスを落とした。
「…………ッッ!?」
私は数秒だけその場に固まった。顔を赤に染めて。その現状を理解すると、私は居ても立っても居られなくなった。
「ローズ……!?」
「約束のしるし。また来るわ。待っててね」
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