第二章

1話 純血種

 記憶について語ろう。

 彼女が言っていた、私の罪の原点を。

 それは、遠い遠い昔の記憶。

 私がまだ、今よりも幼かった頃の話。


 *


 まだ、ロンドンとリータスベルが反転していなかった時代。

 私は光の世界に生まれた。

 名前はモルターナ=シリウス=アリアルキ。

 吸血鬼の父親と母親との間に生まれた、純血の吸血鬼である。

 純血種は私以外にはいなかった。それほど、この世界では物珍しかったのだと思う。他の魔族の中でも、純血種というのは絶滅危惧種に分類されていた。

 つけられたコードネームは『ラスト・ブラッド』。

 純血種の吸血鬼の能力は『完全なる消失』。

 純血種にその血を飲まれた者は、跡形あとかたもなく灰となって、言葉通り、『消失』してしまうというものだった。その能力を恐れてか、周りの魔族たちは、まだ赤ん坊の私に近づかなかった。それが普段通りであり、母も、そういうものだと教えてくれた。

 なにも不思議に思わなかった。

 私が生まれてから十年後のある日。私は、兄のリトリアと一緒に家からそこまで遠くない湖へと遊びに行っていた。そこには魔族も魔物もいない、静かに遊ぶことができる空間があった。私はそこが大のお気に入りで、無理を言ってはよく、リトリアに連れて行ってもらったものだ。


「そろそろ帰ろうか、シリウス」


 そう言われると、私は空の色が青色から赤色に変わっているのを確認した。あまり遅くなると母が心配するからだ。自分でいうのもなんだが、私はかなりのマザコンだったと思う。心配をかけまいと、少し早めに湖から切り上げ、私たちは家路いえじへと向かう。


「あれ? 誰もいないのかな」


 家に着くと、明かりが消えていた。いつもこの時間なら、明かりがついているはずだった。私は何もわからずにその状況を黙ってみていた。すると、リトリアが「少しここで待っていなさい」と言って、私を家から遠ざけた。何か嫌な予感がする。すぐさま私も家の中へと向かって走った。私の前には、母の姿などなく。ただ、家の中が荒らされ、血だまりがいくつかそこには存在していた。

 母が消えた。

 いや、正確には『居なくなった』と言った方が正しかったのだろう。当時の自分には考える時間などなく。あの大好きだった母が、自分から消えたとは思えない。そう考えた時もあった。だが、父が無断失踪したその頃から、優しかった母は可笑しくなっていったと私は感じていた。

 それからさらに五十年後。兄も消えた。

 一番、面倒を見てくれた最愛の兄。

 私は、大好きだった兄の失踪の日、一日中泣いた。周りには目もくれず、その付近にいた魔族たちも関係なく、大声で泣いたのを覚えている。


 どうしてみんな、私よりも先に消えてしまうのだろう。

 私を置いて行ってしまうのだろう。


 私は、幸せになれないのだろうか?

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