8話 再会と休息

 シリウスは内心、気が引けていた。

 昔の知人の孫を、その血筋をまた殺すなんて。そんなことはしたくないと思っていた。だが、彼女は自分について何らかの情報を持っているだろう。だから決心して、マリーに刃を向けた。

 月光花を天に向け、振りかざした。

 だが、その攻撃は、一人の青年に止められた。


「……なんで、あんたがここにいる……?」


 数十年前に、彼の前から消えた者。それが目の前で仲裁に入った青年……。

 =リトリア=アリアロキ、その人だった。

 シリウスはその場に立ち尽くしていた。


「なんで、」


 言葉を失った。シリウスは、ただそこにいる『彼』を、立ち尽くして見ていることしかできなかった。


「……随分と、派手に遊んだね。シリウス? 元気だったかい?」

「……リトリア」


 リトリア、と呼ばれた青年は、シリウスと同じ顔をしていた。灰色の髪に高貴な吸血鬼の貴族衣装。前髪は少し長く、長髪で、後ろで三つ編みにしている。そしてシリウスより少しだけ身長があるというのが、外見でわかる情報だ。シリウスは言葉を失った。


「ん? あぁ、どうして生きていたのかって話かい? ほら、私って殺しても死なない~って顔しているでしょう? くすくす」


 と、リトリアはシリウスと同じ顔で、へらへらと笑っていた。そんな二人の会話を聞いてか、張り詰めていた糸がプツンと音を出したかのように、彼女はその場に倒れそうになった。だが、ふと目を開けると、腰に手が回っており、上を見上げればマリーの上官であるカーネスト=エージェ(軍階級は大佐)が不満そうな表情でこちらを見ていた。マリーは再び緊張してしまった。


「大事ないか、ブレーライン」


 心がこもっていない言葉を、マリーに向け、その返答を待つ。それは軍人そのものだった。


「……はっ。申し訳、ありません。大佐」

「いや、君ほどの天才が、ここまでやられるとは……。私も注意が足りず、すまなかったな」


 表情を一ミリも動かさずに彼は話す。

 その姿はまるで――精密な機械だな……とシリウスは、はたから見ていて、そう感じた。


「い、いえ。私も、大佐からの情報を無駄にしてしまい、すみませんでした」


 カーネストは彼女をその場に下ろし、ふぅ、と息を吐く。そして、視線を下に向けているマリーの頭を軽く叩いた。


「? 如何どうされましたか、大佐?」

「……いや。……まだ、奴は生きている。チャンスはいくらでもあるということだ。次の戦いに備えておけ」


 その言葉を聞くと、マリーは俯いていた顔を上げ、嬉しそうな表情をして、「――はい!」と、喜んだ。そんな姿の二人を見てか、シリウスはムッとした顔でマリーたちの方を見つめる。リトリアはそんなの嫉妬している姿を見て、クスリと笑った。


「……あの長身の赤髪。誰なの。マリーの知り合い?」

「カーネストのことかい? ながら、なかなかの洞察力だね。……あの赤髪の男は、カーネスト=エージェといって階級は軍大佐だよ。それから」


 そこで一回、リトリアは言葉を切った。どうしたのだろうか、とは、思わなかった。

リトリアは少し、申し訳なさそうに「君の、右腕を斬り落とした本部の人間の一人なんだ」と言った。

 シリウスはその言葉を聞いて、目を少し見開いた。予想はついていたが、まさか関係者だとは思わなかったのだ。なぜなら、シリウスはカーネストの容姿を見たことがなかったからだ。


「……私はそんな奴、知らな……」


 不意に、言葉が切れる。リトリアは顔を上げた。


「シリウス?」

「……ぐっ!」


 シリウスの体から煙が、大量に放出され、彼は酷く苦しそうにもがいていた。考える時間よりも、体の時間の方が限界だったのだろう。


「あ、あぁ! ああああ!!」


 そして、煙も落ち着いたころ、シリウスは元の、幼女アリアの姿に戻ってしまった。


「な、なんで、アリアに……っ」


 地面を這いながら、シリウスはアリアになった自分の手を見る。無いはずの右腕が戻っており、月光花も消えていた。それを確認すると、シリウスは悔しそうな表情を見せた。


「……聖水の効果が切れたんだね、。ショックかもしれないけれど、もう少しだけの辛抱だ。もう少し、その小さな体でいた方が、身のためだよ」


 そう言い残すと、リトリアはくるりときびすを返し、カーネストと、マリーのいる方へと歩き出した。

 しかし、ある一言でリトリアの足がその場にまる。


「待って、は、どこに行ったんですか……? リトリア兄さん……」


 振り向いた彼の顔は少し困った表情だった。何かを言おうとしたのか、リトリアは口を開きかけたが、それはカーネストによってさえぎられた。


「リトリア殿、帰りましょう。このような場所、貴殿きでんの来るような場所ではない」

「……っ」


 そういわれたリトリアは、ぐっと言葉を心の内に仕舞しまい込んだ。そして最後に、「……ごめんね、シリウス」と、目を涙でいっぱいにして、本部の方へと足を向けた。


「兄さん……!」


 呼ぶ声もむなしく、リトリアに届く手前で彼らが目の前から消え失せた。アリアとなったシリウスは力尽きてしまった。シオンの叫ぶ声が意識の遠くに聞こえた瞬間、アリアはほっとした表情で気を失った。


 *


「アリア……。無事でよかった」


 無事ではなかった。少なくとも、肉体的な意味では。それでも『無事』だと表現するのには理由があった。が、それはまた別の話。

 シオンは急いで教会の中へ移動し、アリアを部屋のベッドへ寝かせた。そして傷の手当てをし始める。


「……早く、良くなってくださいね。僕の『神様』」


 この日の夜は、驚くほどに静寂と化していた。

 まるで、嵐の前の静けさだと、言うように。

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