7話 隻腕の吸血鬼

 時は現在に戻る。


「――アリア、アリア!」


 砂埃すなぼこりも収まりつつあり、シオンはアリアのそばへと駆け寄る。だが、目の前にいたのは大好きなアリアではない。

 全くの別人であった。


「アリア……?」


 細身の体にロングコート。伯爵のような格好に短い灰色の髪。アリアの面影の残る青年が、そこに立っていた。

 しかし、どこか違う。――そう、右腕が、無いのだ。


「アリア……じゃ、ない。――まさか、……?」


「ん? おや、シオン。この姿で会うのは久しぶりだな。さっきは大丈夫だったかい? 私ったら見境なく戦っていたと思うんだけど」


 あはは、と困ったような顔で屈託なく笑うその青年は、頭をワシワシといていた。

 彼女アリア、そっくりに。

 シリウスは笑いを止めると、背後にいるマリーに体を向ける。


「で、そちらがローズの孫だね。初めまして。、『ラスト・ブラッド』、モルターナ=シリウス=アリアルキだ。何が聞きたい? 今なら何でも答えてやらんこともないぞ」

「……祖母の死について、その事実を認めてもらうために私はお前を殺しに来たんだ。罪を認めなければ今なら刑務所ハコブネ行きだ」

「ハコブネ、ねぇ……。あそこ、結構キツいんだよ?」

「なら答えろ! なぜおばあさまは死ななければならなかったんだ!」


 彼女の声がノイズとなって、シリウスの頭に渦巻く。すると、彼はこう答えた。

「私が殺した」と。

 にっこりと笑みを浮かべながら、彼はマリーを見る。マリーは何も言い返せずに、ただそこに怒りを覚えながら立つことしかできなかった。


「こ、のっ、ゲス野郎が……!」

「おや、君みたいな可愛い女子に言われるなんて、光栄の極みだね」


 やれやれと両手を上げ――右腕はない――首を横に振った彼は、一瞬だけ困った表情を見せた。マリーはその一瞬を見逃さなかった。シリウスに気づかれないようにマリーは微妙な戦闘態勢を取った。


「……本当は、こんなことしたくないんだけど、正直、のことは誰にも知ってほしくないんだけどね、マリー?」


 シリウスは左の指を鳴らして一本の刀を出現させた。花のような香りが鼻をつく。マリーは警戒心を解き、不思議そうな顔をしてそれを見ていた。


「ん? あぁ、これはね、私の愛刀で『月光花げっこうか』と言うんだよ。刀身が花のように美しいからその名をつけたんだ。月光を受けると、なおのことね」


 言われてみれば。

 マリーはその刀身に見とれていた。切っ先から持ち手まで、まじまじと見ていると、ニヤニヤしているシリウスの顔がマリーの目に入った。しまったと、警戒心を向きだす。


「……っ。だからなんだ。それとどうお前の罪が関係しているんだ!」


 なにか反抗心をあおるような彼の表情にマリーは苛立ちを覚えた。シリウスはマリーを見る。じっ、とではなく、ムッ、とした表情で。怒っているわけではない。何か不満そうな、そんな顔だった。


「え~……。君、こういうの、興味ないの?」

「無い」


 バン!

 マリーはおもむろに銃を突き出し、シリウスに向け、撃つ。しかし、あと少しで、頭にあたる距離で彼は避けた。頬をかすめたが、そこに恐怖の色はない。むしろ楽しそうにマリーを見た。


「次は当てるぞ、吸血鬼」


 マリーの目は、本気だった。その目を見たシオンはぶるりと身を震わせた。みるみるシオンの表情が恐怖から凶器へと変わる。その様子を見たシリウスは彼を落ち着かせようとそばに寄る。そして頭をくしゃりと乱し、笑顔で言う。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「……! はい、」


 その瞬間、シリウスはシオンとマリーの視界から消えた。


(一体どこへ……⁉)


 シリウスは瞬時に、愛刀『月光花』を彼女の頭上から振り下ろした。しかし、その攻撃は二丁の銃でガードされて残念な結果に終わってしまったのだが。マリーは攻撃を受け止めると、とっさにバック転をしてすぐさまシリウスとの距離を取った。


「へ、え! その体勢でよく受け止めたね!」

「あ、あんただって、そんな上から攻撃してくるだなんて! 誰も思わないわよ!」


 ガキィイイン! と二人は一度離れて、距離を取る。シリウスは楽しそうに。マリーは憎悪の目でお互いを見詰め合っていた。


「どうして、おばあさまを殺さなければならなかったの? 私は、それが、それだけが知りたいだけなのに……!」


 バン、バンと、彼女は気持ちがたかぶった涙を流しながら、走って、走って、銃を撃ち続けた。ガンガンと彼は銃弾を一つ一つ斬り落としていく。


「……ああ、マリー。どうしてこの刀に『花』なんて言葉が付けられたと思う?」


 その言葉を聞いたマリーは、一瞬だけビクついた。


「そんなこと、知ってるわけないでしょ!」


 マリーは目に溜まっていた涙を荒っぽく服の袖で拭う。その意識はシリウスに向けたままだ。


「そうだな。まぁ、体験してもらった方が、早いか、なっ!」


 ぐわぁっと、マリーの周りに風が舞う。


「これでは視界が……⁉」

「遅いよ。マリー」

「きゃあ‼」


 シリウスの攻撃がマリーの右肩に直撃する。勢いよく振り下ろされた刀身が見事に、綺麗に傷をつける。斬られた部分から血が止めどなく流れている。

 痛い。痛い。痛い。

 だが、今、姿勢を崩したら殺されると彼女の本能は言っていた。痛みを我慢しながら、涙をこらえながらマリーはシリウスを睨む。と、そこに。


「マリー、右肩を見てごらん?」と、吸血鬼あくまの囁きがマリーの脳内につんざいた。


「……!? な、なによこれ……!」

「君たち教会が知りたがっていた私の秘密の一つ、月光花の能力だよ」


 マリーは恐る恐る、斬られた傷口を見る。傷口からが咲いていた。血に染まった、小さな花。


「これが月光花と言われているさ」


 吸血鬼、曰く。


 月光花という刀には人間界にはない、リータスベル特有のとある植物の種が内蔵されている。傷口から血を吸い、ある程度まで成長する。

 まるで――吸血鬼みたいに。


「――っっ!?」


 マリーはゾッとした。シリウスはクスクスと笑っている。


「あぁ、でも、大丈夫。全身の血までは吸えないんだよこの花。成長する過程でしかその能力を発揮しないんだ。あー、植物名は確か……」

「ブラッド・ブルーム。……血の花という意味でしょう? リータスベルの、それも教会の特別管轄区で管理されている植物よ。なんでそんなものが」

「よく知ってるんだね~。聡明なところは似ているね。さすがはローズの孫なだけはある。血は争えないね」

「どうしてと、聞いているの!」

「そう怒るなよ。……かれこれ五十年以上も使っていなかったからね。その名前も忘れていたよ」


 へらへらしている。彼を見ていると、イライラしてくる。この感覚は兄弟喧嘩をしている時の感覚に似ている。

 彼女は、その場からじりじりと間を取る。

 次の彼の攻撃に向けて。

 彼女の肩から、まだ、血は流れ続けている。

 シリウスは急に真面目な顔になった。空気が、凍てつく。


「……君が悪いんだよ? マリー。私の日常を壊したのだから」


 彼が怒っている。


(なぜ? 私が悪人になっているんだ? 悪人は、お前じゃないか!)


 ギリ、と彼女は歯を食いしばる。


「なん、で。怒ってるの。怒りたいのはこっちの方よ! おばあさまを殺した、その人が目の前にいるのよ!? それなのに幸せに暮らして! 私の人生を返してよ!」


 すると、彼はその鋭い眼光でマリーの方へと振り向いた。


「そんなの知るかよ」


 何の感情も込められていない言葉を淡々と。

 シリウスは冷たい目でマリーを見ていた。


「私は彼女を、に過ぎない」

「!?」


 マリーは、シリウスが今、何を言ったのか、理解できなくなっていた。思考回路が停止する。肩の出血が、微量ながら止まらない。視界が揺らぐ。貧血症状だ。

 そんな弱った彼女に、彼は容赦なく続ける。


「君は……知り過ぎた。もう、消えなよ」


 立っているのもやっとな彼女に、シリウスは獲物を食らうかの如く、鋭い目を向けていた。彼女は、この『目』を知っていた。

 この目を私は知っている。昨夜にもこんな目をした人に会っていたような。と、彼女は思い出そうとしていた。その眼の持ち主を。しかし、思い出すのに、時間はかからなかった。


「――リトリア……司祭官……?」


 その名を口にした時にはもう遅かった。

 シリウスはすでに月光花を頭上に持ち上げていた。斬る、つもりなのだろう。彼女は覚悟した。これで人生は終わるのだろうと、目をつむった。マリーはそれを受け入れた。

 後悔と、安心の中で。

 しかし、それは叶わなかった。

 一人の青年によって、止められたからだ。

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