5話 悪い夢

 その顔は、昔、愛した女性に似ていた。

 女性の名前は、ローズ=ブレーライン。

 彼女は実に良い、女性だった。


 *


「――……生きて、いたの。……いや、違うわね。これは幻。なら、私に対する報復かしら。どちらにせよ、悪い夢ね……」

「報復……それは、自分が『ラスト・ブラッド』だと、認めたということで、良いのですね?」


 目を丸くしたアリアに、彼女は問いかける。

 そして――。

 激しい金属音が、アリアの意識を現実に戻した。顎から首にかけて先ほど放り捨てたはずの二丁拳銃が突き付けらている。教会魔装は使用者の手から離れると自然消滅し、また使用する際に使用者が望むと出現するのだ(ちなみにそれはシステム化されている機密事項なので、これ以上は説明できない)。


「それを持っているということは……君は本部の人間なのね」


 アリアはマリーを悲しい目で視る。


「……誰と私を間違えているのかはわかりませんが、今から個人的な質問をします」


 彼女はさらに銃を下顎に押し付けてくる。

 ただ一つの、目的のために。


「……何が聞きたいの?」


 アリアは一息つき、冷静な顔でマリーを見つめる。憐れんでいる目でも、悲しい目でもない。ただそこにマリーがいるという現実を、受け入れているような目だった。


「ローズ=ブレーラインという女性のことを知っていますね?」

「!?」


 アリアの表情が、一瞬で消え失せた。


「…………知っているわ。知っているけれど、それがなぜ私と関係があると?」


 二つの銃でさらに強く、首が絞められる。息がしづらい。いろいろな情報が一気に入りすぎた。


「その女性ひとは私の祖母にあたる人です……貴方に真実を聞くために私はここに来ました」

「ローズの事? 真実?」

「貴方がおばあさまを殺したのでしょう?」


 アリアは、黙った。いな、目を見開き、驚いた。小声なのに彼女の言う言葉が鮮明に聞こえて気持ち悪い。思い出したくもない記憶の扉がこじ開けられる。

 ゆっくり、じっくりと。


「知らない方が、身のためよ」


 焦りが見えてきたアリアを、マリーは見逃さなかった。


「そう……。やっぱりお前が……おばあさまを殺したのか! 『ラスト・ブラッド』!!」


 二丁拳銃を振りかざす。アリアは殴られると思い、とっさに腕を頭上ずじょうへ上げる。だが、それは早とちりだった。拳銃をアリアの右腹に押し付ける。鈍い音がアリアの体を貫通した。

 しまった、と思ったときには遅かった。


「ぐっ!」


 一発。一発当たってしまった。服の上に羽織っていたコートが少しだけ破れ、白い肌が露出された。赤い血液が白い肌に良く映えた。


「どうして、どうして殺したんだ!!」


 一発、また一発と銃弾は撃たれていく。

 カチッ、カチッという音が、アリアの耳に入り、アリアは、ここだと思い反撃に出る。どうやら弾丸が無くなったようだ。


「しまった……!」

「もうやめなさい。無駄よ」


 アリアがマリーの首めがけて手を伸ばす。


「くそっ、これならどうだ!」


 マリーは諦めずに服の装飾である備え付けの胸ポケットからを取り出した。小さい瓶の中には透明の液体が入っていた。アリアの思考回路がフル回転する。それがなにか、理解するのに時間は掛からなかった。


「……聖水? しまっ!?」


 防がないとやられると思い、咄嗟とっさに両腕を顔前に向ける。


「ここで、姿に戻ったらどうだ? 吸血鬼!!」


 マリーは小瓶の栓を抜き、アリアの顔にバシャリと中の液体をかけた。


「っ! ……っっ、ああああああ!!」


 アリアは絶叫して地面をう。痛々しい叫び声が周囲に響き渡る。


「……これで、おしまいね。おばあさまの事を聞けないのは惜しいけれど、せめて最期さいごだけは、苦しませずに死なせてあげる」

「……ローズ……ッ」

「――アリア‼」


 そこに、シオンの声が飛び込む。アリアはシオンの方へ視線を向けた。


「……あれは、ここの人間ですか?」


 アリアはハッとして声の方を見る。マリーは、標的を変えたようだ。まずい。


「やめろ……あの子には、手を、出すな……お願いだっ」


 アリアから、しゅぅうう、という音が立っている。どうやら身体の中の水分が掛けられた液体の作用によって蒸発していた。体のいたるところから水蒸気が発散している。シオンには何が起こっているのか、理解が、できていなかった。


「罪を認めろ、吸血鬼。そうすれば、あの人は本部で保護してやろう」


 マリーの言動一つ一つが頭に響く。


 ――あぁ、私一人の命であの子が救えるのであれば、安いものね。


 心中しんちゅう、アリアは思った。罪人は罪人らしく儚く散った方がよいのでは? と。

 しかし、どうも体の様子がおかしい。異常なまでに水蒸気が出ているのだ。


「煙が……。収まらない? どういうこと、そんな。おい、吸血鬼、一体何が起きて、」


 マリーも、その様子のおかしさに気づいていた。そうだ。おかしいのだ。

 聖水は一時的にしか効果がないのが一般的だ。それに、水蒸気なんてものは、普通ははずだった。ならばなぜ、目の前で苦しんでいる吸血鬼から、出ないはずの水蒸気が出ているのか。


 ――導き出される答えは……!


「まさかっ、すでに『神聖しんせい』を受けていたのか⁉」

「がぁあ、ぐっ、あああああ‼」


 絶叫とともにドォオンと、雷が落ちたような爆音が響く。砂埃すなぼこりが舞い、アリアを包んでいく。


 *


「アリア……」


 アリアたちから少し離れた場所で戦いをみていたシオンは目の前の光景をただただ静かに見つめることしかできなかった。


 ――アリアが、危ない……。助けに行かなくては。


 シオンは覚悟を決めて煙の、アリアの方へと走っていく。

 確信を得るために。

 生きているという証を得るために。

 シオンは向かった。アリアを救うために。アリアが泣いていないか、泣いていたら守ってあげなければ。そう思いながら走った。


「……しっかりしろ、シオン=ルータス!」


 目の前の『現実』は、いつも、いつの世も恐ろしい。何度も思ったことだった。

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