4話 結界の破壊

「神様なんて信じないわ」


 アリアはむすっとした顔で紅茶の入ったティーカップを口にする。


「急にどうしたんです?」

「なぜ人は居もしない神様なんて信じるのかしら。理解に苦しむわね」

「う~ん……。僕は、アリア以外を信じたことがないですから、そういうことにはあまり関心が無くて……すみません」

「別にそういうことを注意しているわけではないわ。というか、よくそんな恥ずかしいことがさらっと言えるわね」

「恥ずかしくないです。僕にとって『神様』はアリアだから」


 シオンはアリアの顔を見る。

 とても悲しい目をしていた。

 まるで、誰かに許しをうような、そんな目をしていた。アリアは、同じように悲しそうな顔をしていたシオンを見て、一息ついた。そして、口を開き、言葉を紡ぐ。


「神様なんているわけない。信じてなければ、いないのと同じよ。だから、あなたがそんな顔をする必要なんてないのよ?」


 冷たく言い放っているように聞こえるのに、心が、目の奥が、熱くなっていくのが分かった。この人は、アリアは、一人で今まで頑張って生きてきたんだなと思い知らされる。


 ――ひとり――。


 そう思うと更に心が苦しくなった。


「そうだとしても僕は――」言葉は、ここで途切れた。

 何が起きたのだろうか。誰も理解できていない状況で、意識だけがどんどん鮮明クリアになっていく。そして――爆音が二人を襲った。

 大きな爆音は止む気配がなく、シオンは耳を塞ぎながら自身を落ち着かせるように深呼吸を二回ほどした。そして落ち着くと辺りを見回した。


(……そうだ、アリアは……!?)


 シオンは横に振り向く。アリアは無事だった。しかし……。


「アリア? どうしたんです、早く逃げましょう!?」


 しかし、アリアは現実を見れていない。驚愕していた。


「……私の……結界が……、破壊された? 一体誰がっ!」


 頭の中を整理しようとしたその時、ふと、目に何か人影が横切った。

 人影は、確かにこちらに銃のようなものを向けている。


「……?」


 それはアリアにとって、見覚えのある顔だった。


 *


 同時刻、マリーはパリパリと音を立てて崩壊していく結界の中で、アリアのことを見逃さなかった。

 見逃すはずが、なかった。


「……見つけた」


 もう一度、彼女は弾丸を装填する。今度は対魔族用の弾丸『聖なる矢』。これは先ほどの弾丸とは違う。殺傷能力のある魔弾だ。それを、マリーはに向ける。


 敵である――小さな少女、アリアに向けて魔弾を発射する。

 この『聖なる矢』は相殺そうさいする力が強ければ強いほど、大きければ大きいほど、殺傷能力が上昇する魔弾である。

 アリアにとっては最も不得意とする弾丸だった。

 マリーは少しだけ、笑った。


「これで、おばあさまのかたきが取れる……!」


 しかし、それは無理な願いだった。

 アリアは弾丸を、早急に作り直した結界で応戦していたのだ。目に見えない薄い結界だが、弱い力で相殺された。弱い力には殺傷能力が出ない。マリーは我が目を疑った。誤算だった。


「なんで……! どうしてなの!? ……『ラスト・ブラッド』!!」


 マリーは夢中だった。二丁拳銃を放り捨て、教会の方へと走り出した。

 憎しみの表情ではなく、焦りの表情で……。


 *


「ふぅ……間に合った。シオン、大丈夫?」


 両手をあげ、結界を張り直していたアリアはチラチラと教会、もとい、シオンの方を見る。どうやら建物とシオンは無事のようだ。アリアはホッとした。


「だ、大丈夫です……。少し、驚きはしましたが。今のは一体……?」


 シオンの目に、恐怖の色が映る。強気のようだが、アリアには誤魔化ごまかしはかない。長年連れ添っていた経験からか、今彼が何を感じているのか、わかり過ぎてしまう。シオンは今までここまでの実戦は経験したことがなかった。だからだろう。ここまで無理をして、アリアに心配させまいと強くいようとしてしまうのだ。


「……シオン。安心しなさい。これはおそらく私への挨拶のつもりでしょう。あなたが気に病むことじゃないわ」


 今にも泣きだしそうなシオンを、ゆっくりとその小さな体で抱き寄せる。本当に怖かったのだろう。体が恐怖でカタカタと震えていた。


 ――大の大人が、だらしない。


「シオン、しっかりなさい」

「あ、……ごめん……なさい」


 アリアはシオンの頭をそっと撫でる。その頃には震えは治まっていた。

 その時である。

 ピンッ。

 張り詰めた空気が流れる。二人以外の何者かの気配が入口の方からする。アリアはすっと薄く目を細めた。シオンはそのアリアの視線を見逃さなかった。


「あ、アリア」

「大丈夫。私に任せて」


 アリアは声のする方へと足を運んでいく。気配の主が先ほどの主犯だとわかっていて、だ。教会の入り口に着いたので、挨拶をしようとドレスの裾を軽く持ち会釈をした後、ゆっくりと顔を上げた。


「……。君が、先ほど挨拶をしてくれた子かしら? 初めまし……」


 アリアは、絶句した。

 見覚えのある、その、顔に。

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